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偏読日記@はてな

本を読んだりゲームをしたり、インターネットの話をしたりします。小説も書きます。

blogツンデレ論

シナトラ千代子 - ブログのエントリにはツンとデレがあるのだからを読んで俺にはデレが足りないのかな、なんて思う今日この頃。
で、いろいろ考えているうちに自分では「ツンのエントリ」のつもりで書いても読者から見ると「デレのエントリ」に見えるという事もあるよな、と思いついて表にしてみました。
(2つのエントリの定義は元記事参照)















読者からの見え方
ツンデレ
執筆姿勢ツンツンツンツンデレ
デレデレツンデレデレ

ツンツンの場合

自分でツンのつもりで書き読者からもツンに見られるツンツンは、取り付く島もないので言及されたりなんてことはあまり無し。
言及されたり議論に巻き込まれる場合も冷静なやりとりで荒れたりはしないイメージが。

ツンデレの場合

自分でツンのつもりで書いたのに読者から見るとデレなツンデレは、読者からは親しみやすいのでいろんな意味で賑わいます。
頑なな書き手がふと見せる弱さ、そのギャップがまた読者を燃え(萌え)上がらせるのです!!
……燃え上がりすぎ(突っ込まれすぎ)て閉鎖してしまったりしますけど。

デレツンの場合

自分でデレのつもりで書き読者からはツンで見られるデレツンは、ツンデレとは違った意味でギャップが素敵なblogに。
ツンデレの場合と同様に書き手の姿勢と見られ方が食い違っているタイプですが、深読みされるこちらはある意味では得かもしれません。
多分天然の人じゃないとこのスタイルは出来ないと思います(偏見)
なにかしら言及された場合、コメント返しで深読みされてまた言及されて…というスパイラルで遙かなる高みへ駆け上っていきそうです。


デレデレの場合

自分でデレのつもりで読者からもデレに見られるデレデレは、ツンデレほどのギャップも無く、ツンツンほど深い事も言っていないので結果どうでもいいblogに。
元々どうでもいいこと書こうと思ってやっているのならそれでもいいですけど…




と言う感じで元記事の『大事なのはツンであれデレであれ、ツッコミどころを作っておくこと』を俺なりに解釈してみました。
書き手の姿勢と読んだときの印象の微妙なギャップが「突っ込まれどころ」になり、そのスキが「語り掛けやすさ」につながるのではないかと思いますよ。