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偏読日記@はてな

本を読んだりゲームをしたり、インターネットの話をしたりします。小説も書きます。

Blogは託宣 書き手は巫女

雑記 Web

「ブログのネタ」は考えない - エッセイ的な何か

「ブログを書くためにネタは考えない」ようにしてます

ここで言う「考えない」というのは、ちょっと限定的な意味で使ったのですが、当然全く何も考えないわけではありませんよ(笑)
文章を書く以上、文章を考えますし、まったく思考無しには何も書けませんから(笑)
ただ、ここで言う「考えない」とは、

「ブログを書くために何かネタは無いかな?」という思考はしない

という意味です。

(中略)

じゃあ、考えないとすると、今はどうしているのかというと、

自然に浮かんでくる、若しくは自然と思考している状態になるに任せる

ですね。そうとしか言いようがありません。
日常生活をしている様々な場面、時と場所を問わず、ふと何か思い付いたり、ニュースやブログ等を眺めているときに、他人の思考にふれて賛同したり反対したりと、ふと思考してみたり・・・・・そういう自分を発見したときに、その時感じた事、考えたことをそのままストックして、記事にしている。
まあ、こんな感じです。

「ブログのネタ」は考えない - エッセイ的な何か

非常に同意するところだったので引用+紹介。俺も以前、「私の更新方法」in 偏読日記@はてな と言うエントリで同様の事を書いています。
「私の更新方法」in 偏読日記@はてな - 偏読日記@はてな

……こういった事を書いていると物凄くアレな人だと思われそうで嫌なんですが、実際「天啓」…というか突発的な思いつきでblogを書いているのは事実な訳で。

なんというか、道を歩いている時や入浴中や眠りに着く前の時間や酷いときは仕事中でも突然、「あ、今日はこれを書こう!!」と前触れなく何かが降ってくるのですよ(ますます怪しい人みたいになってきました)

(中略)


無論これを毎日行えるわけはもちろんなく、割合でいえばWeb巡回中にはてなブックマークはてなスターをつけた記事をあとから読み返して何を書こうか考えたりする方が多いです。

しかしこうやって理詰めで考えた記事は大体面白くないので、意識的に電波を受信を受信する方法を研究した方が良さそうです。 現状ではおよそ2週間〜1ヶ月に程度の割合でしか降ってこないし。

「私の更新方法」in 偏読日記@はてな - 偏読日記@はてな

極端な例え話をすると、お告げを聴く巫女のようなものです。そして書かれる記事は託宣。
別に宗教がかった話をするつもりは全くありませんが、俺にとってBlog(特に[雑記]カテゴリで書かれている記事たち)はそんなものだとかなり本気で思っています。なので、「記事の元となる天啓が降ってくる状態」に自分を持っていくのが最近心がけている事だったり。
そしてこれは毎回できる事ではないので、書けない(ネタが降ってこない)時はさっさと寝る。これも言及先と一緒ですね。
もうちょっと意識的に「降ってくる状態」に持って行けたらいいとはいつも思っているのですけどなかなか厳しいです。


そして、最近俺の周囲で「Blogを書く際にはジャンルを絞った方が良い」論がちょっと流行っているのですが、いくらメリットを説かれそれに納得したとしてもやりたくても出来ない俺がそこに。
具体的にはこの辺りとか。

確かに書くジャンルを固定した方が遙かにメリットが大きいのは判っているのですが、こういう「ネタを考えない」スタイルと最も相性が悪いのがジャンル固定でもあります。


……それにしても、あんまりネタが降ってくる降ってくる言ってるとマジの電波な人だと思われそうで嫌なのですけど、あながち否定しきれないところがまた辛い。