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偏読日記@はてな

本を読んだりゲームをしたり、インターネットの話をしたりします。小説も書きます。

ソラリスの陽のもとに

SFは、ことにアメリカのSFは、この問題についても非常に多くの作品を生み出していて、そこには既に、他の惑星の理性的存在との接触のありうべき可能性について三つの紋切り型ができあがっている。その三つを要約して言えば、相共にか、われわれがかれらに勝つか、かれらがわれわれに勝つか、と言う定式になる。
(中略)
しかし、私に言わせれば、このような定式はあまりに図式的である。それは、地球的な諸条件──つまりわれわれが良く知っている諸条件──を宇宙という広大無辺な領域に移し変えたものに過ぎない。
(中略)
宇宙は「銀河系の規模にまで拡大された地球」では決してないであろう。それは質的に新しいものである。


(訳者あとがきで紹介されている、本書ロシア語版序文での著者の言葉)

内容について何の予備知識もなく、なんとなくタイトルを聞いた事があるというだけの理由で古本屋で購入した「ソラリスの陽のもとに」を一月くらい掛かってようやく読了。
なんというか、これはちょっと今の俺では「感想」を書き辛い……というより書けないです。


序盤から中盤までは、その余りにも謎に満ちた物語の内容についてラストで全て納得の行く「説明」がなされるものだとばかり思っていました。しかし終盤に近づくにつれて更に物語は錯綜していき、俺が伏線だと思っていた数々の描写の真相、そしてソラリスそのものについての真実が明かされる事もなくそのまま終了。
正直、ラストにはあっけに取られてしばらく呆然としていました。


しかし、冒頭で紹介した訳者あとがきでの著者の序文を読んで心の底から納得。
そもそも読者(=人間)の納得の行く形での「説明」で宇宙の全てを片付ける事など出来ないという、という事をこれ程ないまでに表現しています。主人公が滞在する探査ステーション内で起こる謎めいた出来事然り、ソラリスの『海』で起こる現象然り、そこにあるのは余りにも圧倒的に「理解不能」なソラリスの姿。


裏表紙での

菫色の靄におおわれ、たゆたう惑星ソラリスの海。一見何の変哲もないこの海だったが、内部では数学的会話が交わされ、自らの複雑な軌道を修正する能力さえもつ高等生命だった! しかもこの海は、人類を嘲弄するように、つぎつぎ姿を変えては、新たな謎を提出してくる……

というあらすじ紹介もあまりに属人的・地球的過ぎ、本書の内容をこれっぽっちも説明できていないかと。
読了してから裏表紙のあらすじを改めて読んだらそのあまりの「普通のSF」っぽさに笑ってしまいました。いや、こうとしか書けないというのは判るんだけどさ。