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偏読日記@はてな

本を読んだりゲームをしたり、インターネットの話をしたりします。小説も書きます。

「オタク養成ギブス」の思い出

雑記 オタク

電脳コイル」の再放送が終了したいま「マクロスF」だけが毎週の楽しみになりつつある俺ですが、そういえば初代TV版・初代映画版(「愛・おぼえていますか」)・「マクロス7」・「マクロスゼロ」と一通り観てきているのに「マクロスプラス」だけ未鑑賞だったことを思い出し鑑賞中。
OVA版と映画版を連続で観ると、映画の方が時間としては短いはずなのに密度が濃く遙かに一本の物語として纏まっていますね。単なる再編集版だと思っていたのでかなり予想外でした。
前半の競争試作まわりの話が整理されているからかな。どちらか一つを観るとすれば映画版でしょう。(両方見て違いを比べるのも楽しいものですけど)
セル画によるアクション表現の極致と言っても過言ではない空戦シーンは観ているだけでも心が沸き立ちますし(特に劇場版終盤のそれは本当に画面に釘付けだった)、他の「マクロス」とは一味違うヴァーチャルアイドル・シャロンの「歌」もまた素晴らしい。
そしてマクロス三大定番要素の最後、三角関係は・・・・・・ミュンさん酷い!!全部この人のせいな気がするんですけど。ある意味宇宙規模の痴話喧嘩ですよねマクロスプラスって。



と、「マクロスプラス」について語ってみましたが、ふと思ったのは俺はどうしてこれまでの「マクロス」をほぼ全て見ているかという事。
相当に気合の入ったアニオタの人でもない限り、俺と同年代(80年代前半生まれ)では「プラス」はまだしも初代マクロスのTV版を全部見ているって珍しい気がするのですよね。


では、気合の入ってない俺がどうしてTV版初代マクロスを全部見たりしているかと言えば、子どもの頃の「オタク養成ギブス」とでも言うべき生活スタイルが全ての原因。
小学生くらいの頃、毎週金曜の習い事からの帰りに迎えに来た親にレンタルビデオ屋に立ち寄ってもらい、借りたものを週末に観るのが習慣になっていました。とにかく店にあるアニメを片っ端から見ていた記憶があるので、恐らくその途中で「マクロス」を観たのではないかと。なぜ選んだかは今となっては判りません。

アニメの他にも一時期怪獣映画にはまって店にあるゴジラシリーズを全部見たりもしてました。他にも具体的な作品名をいま思い出せないものの、とにかく大量に観ていた覚えがあります。なんせ毎週2〜3本借りてましたし。


さらにアニメから話を広げれば、幼少のみぎりは家族で図書館に行き、全員が限度一杯まで借りてボストンバックに本を詰め込んくるのが毎週末の習慣でした。冊数よりも重量で測ったほうがいいくらいに大量の本を毎週借りていく俺らは明らかに図書館でちょっと浮いてました。そして俺は自分で借りた分はすぐに読み終わってしまうので、他の家族の借りた分にまで手を伸ばして全く理解できないのに船戸与一とか読んでました。「蝦夷地別件」を小学生の時に読んだのはいまだにトラウマ。「家族狩り」を中学生のときに呼んだのはもっとトラウマ。

そのうえ実家に田中芳樹作品がほぼ全て揃っていたので、図書館の本を読み尽くしたあとはその辺りを片っ端から読んでいた覚えが。「銀河英雄伝説」なんて小学1年→小学4年→中学2年と3回通読して次第に内容が理解できるようになっていきましたからね。最初に読んだときなど表紙と中のイラストだけ見てた。

漫画もあだち充作品を中心に大量にあり、更に親戚で自宅に「漫画専用棟」と作ってしまったくらいの人が居て自宅+親戚の家から色々と借りていました。確か「鎌倉ものがたり」「AKIRA」を親戚の家から持って帰った記憶があります。



……こうして振り返ってみると、こんな環境に溺れて育てばそれはオタ……というより「架空の物語に耽溺するメンタリティ」の人が出来上がるのも当然ですね。まさにオタク養成ギブス。
と言ってもそれを恨む積もりなど全く無く、今から普通に代価を払って観賞しようとしたら相当なコストと時間がかかる量の作品達を幼少の体験として摂取できた事に感謝しているくらい。
個々にどんな作品に触れたかは多すぎてもう思い出せないくらいだけど、間違いなくあれらの体験は今の俺のオタとしての部分のベースを作ってると思ってます。