偏読日記@はてな

本を読んだりゲームをしたり、インターネットの話をしたりします。小説も書きます。

夏、少女、揺らぐ世界 - 「ハローサマー、グッドバイ」

ハローサマー、グッドバイ (河出文庫)

ハローサマー、グッドバイ (河出文庫)

「あの夏の少女のことは、一生忘れない。
      惑星をゆるがす 時が来ようとも───」



人類に似た異星人の暮らすある惑星。

毎年恒例の港町パラークシでのバカンスが迫る中、主人公グローヴの心をとらえるのは、前年のバカンスで出会った宿屋の娘ブラウンアイズの事だった。
風物詩の粘流が港に到来し、戦争の影が街を覆うなか、念願の再会を果たし愛を深める二人。だがその裏では、少年と少女を分かつ壮大な秘密計画が進行していた……
(裏表紙あらすじを改変)


「これは恋愛小説であり、戦争小説であり、SF小説であり、さらにもっとほかの多くのものである」


この巻頭の「作者より」の最初の一文、「ハローサマー、グッドバイ」という物語を一言で表すのにこれ以上の言葉はないでしょう。あらすじから判るとおり、「都会からやってきた少年と、バカンス先の宿屋の看板娘の少女の一夏の恋物語」が本作の根幹を貫くものであることは確かです。しかし、人類と非常に似ていながらも人類ではない彼らの生活と彼らが暮らす惑星の自然描写、田舎の港町を覆う戦火の影の切迫感、そしてラストのスケールの大きすぎる強烈なSF的どんでん返し。これらの要素が、単なる青春恋愛小説という段階から一歩ぬきんでたものにしています。


大上段から世界設定を振りかぶるのではなく、主人公の目から見える日常の風景を通してのみの描写で、しっかりと異星人としての彼らの「世界」を描写しきっているのが実に素晴らしい。登場する各種の動植物についての描写を見て異星の生態系を想像するのはそれだけで楽しいものですし、バカンス先の港町パラークシの風物詩・夏の海を埋める「粘流(グルーム)」発生の惑星クラスの壮大なメカニズムなど、それだけでもお話を作れそうなスケールの大きさで感心してしまいます。
更に生態上の問題から寒さを病的なほど恐れる作中の彼らの罵倒語が全て「寒い」「冷たい」に関するものだったりと*1、こういったSF世界設定が設定だけで終わるのでなく、その中で生きるもの達ときちんと関連づけられている為、非常に設定が「生きて」います。


それを彩る恋愛模様も、まさに直球も直球な青春恋愛物語で実に微笑ましい。
その小生意気さが少々鼻につく主人公ですら、思春期の少年から青年への階段を上る真っ直中だと思えば温かく見守れるというもの。彼の性格付けが許せないと言う感想を時折目にすることがありますけど、アレは素直にそのまま受け取るのではなく、大人になりかけの少年だけに許される一時の自信に満ち溢れた姿だと思えばいいのですよ。
そして対になるヒロイン、ブラウンアイズに関してはもうただその魅力にひれ伏すしかない。
前半の純真そのもの彼女も微笑ましく見られるものですが、中盤以降の蠱惑的な姿は本当に輝いています。ひと夏の経験を通して少女から「女」へと脱皮をはかる途中の触れれば崩れてしまいそうなあやうい美しさに彩られた彼女の姿には、それだけでこの作品を読むべきものにしているだけの魅力があります。

新版の表紙に描かれたブラウンアイズの姿は非常に良く作中のイメージに沿っていて、読みながらいつも表紙絵の彼女を思い浮かべていました。更にはあまりにも表紙絵がイメージに合いすぎているおかげで、しまいにはもう一人のヒロインであるリボンも、あの絵柄で金髪ツインテールをリボンで結んだ少女*2を思い浮かべている始末。これだから萌えオタは……


こういった少年少女が大人になる物語と平行して、多少なりとも成長しようがどうにもならない戦争という現実の重苦しさがのしかかってくる中盤から終盤にかけてがまた切ないのです。本当の意味で二人が結ばれ、幸せな未来だけが広がると思ったそばから急転直下ですからね。終盤の展開は本当に読んでいて胸が締め付けられるようでした。「自分に自信があって活発な少女」なもう一人のヒロイン、リボンの豹変した姿は最高に辛いです。

そして最後の最後、ラスト1ページで突きつけられる強烈なSF的どんでん返し。あまりにも唐突すぎて一瞬俺は理解できず、しばらく前から読み返してしまいました。
一度気づいて振り返ると本当に序盤から伏線がはられているうえ、主人公達の暮らす惑星の生態系や彼らの習性そのものが伏線になっているのに感心。
Web上で感想を見て回っていると「あれは妄想オチ」だなんて酷い意見も存在するけどグローヴ君を俺は信じるよ!!



長々と書いてきましたが総じて言うと、恋愛小説・SF小説・(少年少女の目から見た)戦争小説と言った要素が融合し、それぞれ単体ではなしえない高みに到達している良作。こういう作品と出会えるから昔のSFあさりはやめられませんね。



あと、本作には全く関係のない話を追加で書くと、俺がこの道に入るきっかけになったエロゲ「ロケットの夏」のエンディング曲のタイトルが「Hello,Summer Goodbye」なのですよ。当時は元ネタも何も判らずプレイしていましたが、確かにあのゲームの本筋たる歩ルートは「ハローサマー、グッドバイ」そのままだな、とプレイから6年近く経った今になって感心している次第。こういう事があるから昔のSFあさりは(以下略

*1:なので、「この冷血野郎!!」が人類が使うよりも更に酷いニュアンスを込めた罵倒語だったりするわけです

*2:茶色の瞳で「ブラウンアイズ」なら「リボン」はリボンを付けて居るであろうという安易な萌えオタ思考