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偏読日記@はてな

本を読んだりゲームをしたり、インターネットの話をしたりします。小説も書きます。

至高の「ヒーローアクション映画」ここにあり - 「ダークナイト」

感想 映画

ダークナイト 公式サイト


どんなに派手なアクションだろうが、それがただずっと平坦に連続していれば飽きるもの。どんなヒーローでも、葛藤無く、ただ強く「敵」を倒し続けているだけでは予定調和になってしまうもの。まして、その倒されるべき「悪役」が、存在感のない小悪党などであったならもう目も当てられません。


しかし「ダークナイト」にはこういった弱点はありません。そして、これらの弱点が無くなったときそこに生まれるのはまさに至高の「ヒーローアクション」と言うべき映画。
まず、ストーリーどうこう以前に異常なほどにカット割り*1が洗練されており、冒頭の銀行強盗シーンから2時間30分、観客を良い意味で全く落ち着かせてくれません。
アクションシーンから一転して静かなバットマンの日常ドラマになり、かと思えばそこにジョーカーが乱入してきてまたアクションに戻り。「静と動」がめまぐるしく反転し、更にアクションシーンでもバットマン・ジョーカー・ゴッサム市警、更に場合によってはデントの4つの勢力が同時に動くので場面転換が非常に多いです。

それでいてぎりぎりのところで混乱させないだけの事は担保されているので、見ているこちらは心の底から構成の妙に浸るのみ。
こういった要素は予告編などでは全くと言って良いほど味わえないので、是非とも劇場で体験してもらいたいものです。俺は鑑賞後に公式サイトに行って予告編を見て、あまりにその「普通のアクション映画」ぶりに逆の意味で驚きました。
派手なシーンを予告編に使うのは当たり前ですけれど、むしろ見るべきはそういった「派手なシーン」の全体の流れの中での使い方かと。本当に良い意味で「落ち着かせてくれない」のです。


もちろん、アクションシーンが派手なだけの作品というわけでもまたありません。
実は俺は「バットマン」シリーズの作品を見るのがこの「ダークナイト」が初めてだった、それ以前に本作が「バットマン」シリーズの作品であることを知ったのすらごく最近だったのですけれど、こんなにも等身大の悩み傷つくヒーローだったとはつゆ知らず。冒頭のバットスーツを改良するシーンでの提案が「スーツが堅くて首が回らないからバックするとき後ろが見えないんだ、直してくれ」なんて地味なものなのが最高に彼が等身大のヒーローであることを象徴しているかと。あれは笑いましたよ。


それでいて、圧倒的なまでに理解不能で巨大すぎる「悪」であるジョーカーに対し単身で挑み、どんなに挑発されようと決して自らの信念を曲げず相手と同じレベルに堕しないだけの誇り高さも併せ持ち。
さらにそんな彼の信念が街を、市民までを動かす終盤のフェリーまわりのシーンは、見終わってから思い返すとあれ以外の展開は思いつかないとはいえ、最中はどう転ぶのか期待と不安で本当に動悸が止まりませんでした。映画にのせられすぎですね。

更に、単なる誇り高いヒーローでは終わらず、信念を保ち続けたが故に街を裏から守る「ダークナイト」たらざるを得なくなる、と言うラストは、どこまでいっても表に出られない闇の住人であるバットマンというヒーローの行き着く先としてこれ以上ないまでのものだったと思っています。


また、鑑賞済みの人達を色々話した中で、「相手がどんなに理解不能だろうが同じレベルに落ちず、『自らの信じる正義』を貫き通す」というのはアメリカそのものだよね、という話題になって感心したり。
ダークナイト」の作中では相手たるジョーカーがあまりにも純粋な「悪」、それ以外の何を持ってしても形容不可能なものになっているのでそういった態度でも問題はさほど無いです。しかしこれは逆に自らの正しさを無条件に信じ、相手を理解しようとしない態度にも繋がるのでそれはそれで不味いものもあるのかも知れない、と思っていたりもします。
……こんなこと、「ダークナイト」と言う映画をただ楽しむのには全く関係ないけどね!!


そこかしこで言われて居るであろうジョーカーの怪演ぶりについては……もう実物を見てください、としか言えません。どんなに言葉を尽くそうが、あのメイクで動いて喋っている彼の前には全てが無価値。
観る前にはメイクばかり凝ってもなぁ、と思っていたのですけどとんだ早とちりでしたよ。



というわけで、常にもましてやたら長く書いてしまいましたけど、それはつまり俺がそのくらいこの作品を楽しんでいたと言うことで。
2時間30分と言う長さだったのを観終えるまで忘れているくらいの素晴らしい映画でした。

*1:映像技法に関する専門知識がないのでこの用語で合って居るのかちょっと判りませんけど