偏読日記@はてな

本を読んだりゲームをしたり、インターネットの話をしたりします。小説も書きます。

将軍は女、大奥には美男三千人 - 「大奥」

唯一の天下人であらせられる公方様にのみ許される最高の贅沢
それは男子の少ないこの世で
美男三千人を集めたと言われる女人禁制の男の城───「大奥」

大奥 (第1巻) (JETS COMICS (4301)) 大奥 (第2巻) (JETS COMICS (4302)) 大奥 第3巻 (ジェッツコミックス)


若年の男子のみに罹患し、高確率でその命を奪う疫病の大流行により男性人口が激減し、男女の社会的役割の逆転が起こった江戸時代初期。当然「大奥」にもその累は及び、現実世界とは逆に本作でのそこは世の美男を集めた将軍の(逆)ハーレムです。

最初にこの世界設定を聞いたときには、あまりにも一発ネタ過ぎると思ったものでした。そして、1巻を読んでいる間もその思いは消えず。
下手すると女性同士より陰湿な「大奥」内部での嫉妬合戦、将軍一人のためだけに飼い殺される無為から来る彼らの荒みよう、そしてそこに切り込む改革者としての将軍吉宗、といった点はなかなか上手くできています。が、まだここでは「男女逆転」せずとも描ける物語だと言う印象もまた強くあるのです。


しかし、この物語が真価を発揮するのは2巻から。「女将軍」の君臨する幕藩体制、と言うおよそあり得なさそうに思えるものを、あまりに鮮烈な徳川家光(女)と永光院の悲恋で押し切りその成立を描ききってしまいます。1話冒頭の数ページで説明されただけでは納得のいかなかったのが、2・3巻を読み終えたいまではすっかり腑に落ちています。

徳川家の存続こそが体制の存続とそのまま直結することが、すなわち「女でも良いから将軍は存在しなければならない」に繋がり、さらに男女の逆転した幕藩体制に繋がる。些細な暫定措置の連続が結果として最初とは全く異なる歪なものを生み出してしまうとでもいいますか。


そして、ここで光るのが徳川家光(女) 彼女無しには「大奥」と言う作品は語れません。
女将軍という歪なものを生み出してまでも、お家を存続させなければならない世界。男を集めた「大奥」などというもの推進する春日局と幕閣の重臣達。
彼らに負わされた矛盾を一手に引き受けた歪みの極致である「女将軍」という立場でもがく家光(女)と、同様に大奥という一生抜け出せない牢獄にはまった存在である永光院の悲恋は、男女を逆転しては書けないものだと思います。


徳川家光」として生きることを強要され、世の全てに絶望していた無力な少女が、永光院と出会い愛を知り、子を為して母となり、徳川家の存続のためだけの道具から、為政者として独り立ちしていく2・3巻の展開は身震いするようでした。女性が「産む性」であることなども上手く絡めていて、この辺りは実によく出来ていると思いました。


加えて言うと本当に可愛く描かれているのですよ、この家光(女)が。それこそページの写真を撮って掲載してしまいたいくらいですけど、彼女の魅力は一連のコマ割の中で動いているところにあると思うので割愛。お転婆娘から女となり母となり、どの段階でも本当に可愛いのには、よしながふみは良い仕事をしたと感心してしまいます。

一応参考として述べておくと、2巻の表紙が永光院(男女が逆転しているので男です)、3巻の表紙が家光(女) 
家光(女)はまだ良いとして、永光院があまりにもイケメン過ぎて読んでて実を言うと胸焼けがしてきそうでした。


また、歴史上の事実を適度に取り込んで物語のベースにしているため、歴代将軍の側室と言った史実を調べると今後の展開に繋がりそうな発見があって面白かったり。
現実の「お玉の方」が綱吉の母親だったと言うことをこれを書きながら調べて知り、作中での彼(そう、もちろん「お玉の方」も男です)が将軍の父となると踏まえて読むとまた違った感慨があります。

今のところしばらくは家光時代の話が続くと思われますけれど、1巻の吉宗時代にもどって「改革」を描くのか、それともその間の綱吉あたりも描いてくれるのか。
どちらにせよ男女逆転という目立つネタに寄りかからず、既存の歴史事実を上手く取り入れて再構成し、さらにラブストーリーとしてもよく出来ているというなかなかの作品でした。そして家光(女)はホント可愛い。