読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

偏読日記@はてな

本を読んだりゲームをしたり、インターネットの話をしたりします。小説も書きます。

仮想戦記とライトノベルの間で - ガンパレード・マーチ 九州奪還(2)(3)

「役人根性にどっぷり浸かった紙の上だけの秀才に戦争をやらせるとこうなる。奴らは自分の見たい現実をもっともらしく正当化することが得意だからな」


ガンパレード・マーチ 九州奪還〈2〉 (電撃文庫)

ガンパレード・マーチ 九州奪還〈2〉 (電撃文庫)


運用するのは制式採用から外れた人型駆逐戦車、隊を構成するのは「プロの軍人」から外れた学徒動員兵の、更にその中でのはみ出し者達。「ガンパレード・マーチ」と言う作品は、絶望的な戦況の中でのそんな彼らの足掻きと、彼らが「はみ出し者」であるがこそに戦争の行く末を変える物語でした。

しかし逆に、あの世界で戦う一般の兵士達にスポットが当たる事がほぼ無いのが俺が不満に思うところでもあり。
(中略)
が、この榊涼介版「ガンパレード・マーチ」は、同じ世界観を用いながらもこれまでのスピンオフ作品とは一線を画しています。ゲーム版の主人公達と同等、もしくはそれ以上に小説版オリジナルの「普通の人達」に光が当たっているのです。

ガンパレード・マーチ 山口防衛戦(4)&九州奪還(1) - 偏読日記@はてな

俺が榊涼介版ガンパレード・マーチをとても気に入っているのは、ひとえにこういった部分があるゆえ。規格外の特別な人達である、ゲーム版登場人物の5121小隊メンバーのみが大活躍し、戦況を変えるだけの話などたちの悪い二次創作だけで十分です。

これについては「山口防衛戦」の感想エントリの頃から繰り返し書いているところですね。
今回もそういった戦場での群像劇としての要素は相変わらず。そして、前線で戦う主人公達と同年代の「普通の学徒動員兵」達だけではなく、後方で指揮を執る上級指揮官クラスまできちんと書き分け、ただの「前線に出ず後方ふんぞり返る人達」に堕していないのは実に良いです。


1巻での福岡無血占領と、それによって現状での持久と南九州への進出に分かれる九州派遣軍総司令部。「政治的判断」で決定される熊本への攻勢と、その失敗を見越し自らの職掌の範囲のなかで可能な限り破局を避けるべく動くものたち。
そして訪れる決定的な破滅と、泥沼の撤退戦に追い込まれる登場人物達。毎度毎度、泥沼な末期戦萌えにはたまらない展開すぎます。


しかし、それが故に普通の軍隊に収まらない存在でありすぎるゲーム版登場人物達が、物語から浮いて来つつある感もあったりします。彼らがゲーム版(と、ノベライズの前半)のノリで居られるとどうにも違和感が。
もちろん彼らも他の「普通の学徒動員兵」達と同様、いやそれ以上に過酷な戦場の現実にすり切れ、けしてのんきに遊び暮らしていると言うわけではありません。
が、どうしてもゲーム版で固まったキャラクター付けから逸脱させられないが故の違和感、即ち他の自衛軍・学兵部隊所属の登場人物がノベライズ版の雰囲気に合わせて生み出されているとの差のようなものをどうにも感じてしまいます。


基本的には非常に好きなシリーズなのですけれど、どうにもこの違和感のようなものがついて回って仕方がありません。恐らくこれは、俺のガンパレード・マーチの「好きな部分」はキャラクターでなく、世界設定そのものとそれによって生み出される泥沼の末期戦的状況だと言うことが原因なのでしょう。
ゲーム版をプレイしていた頃も、キャラクター自体にはそこまで愛着はなかったですし。おかげでファン交流掲示板等で周りと合わなくて困ったものでした。