「鉄塔は、やっぱ山型鋼だよな」
「こういう、板みたいな鋼鉄じゃないとな。鉄塔が丸いんじゃ、やってらんねえよ」
- 作者: 銀林みのる
- 出版社/メーカー: ソフトバンククリエイティブ
- 発売日: 2007/09/21
- メディア: 文庫
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送電線の高圧鉄塔を偏愛する小学五年生の主人公が、夏休みに自宅の近所を走る「武蔵野線」鉄塔を辿ってスタート地点たる発電所をめざして鉄塔を一つ一つ訪ねてゆく、ただそれだけの物語。
しかし、一見無味乾燥に思えるそんな筋書きを支えるのは、著者の鉄塔に捧げる深い愛情と、それがゆえの詩的とすら言っても良い表現力。
「男性型鉄塔」「女性型鉄塔」「料理長型鉄塔」「婆ちゃん鉄塔」と言った鉄塔の形状による分類。見る角度によってその姿を変える鉄塔と「蛹点」「にこにこ角度」「横目の角度」等々の「見る角度」の命名。
こういった鉄塔描写は単語のみにとどまりません。
「この20号鉄塔も優美な鉄塔でした。完璧な均整からすれば、足は短めとしても、頭頂の長さや、ジャンパー線の大きさ碍子連の緊張感などは比類無いすばらしさで、3段の腕金が殆ど同じ長さの貴族型でもあり、その端麗さは惚れ惚れとするほどでした」
「それは心を洗われるような光景でした。鮮やかに伸びた脚注で全身を支えた12号鉄塔は、防護ネット用の仮腕金を羽のように広げて、森の中に立ち止まった自らの位置を神秘的な地点にしています」
「4号鉄塔は、ジャンパー線が丸く表情に富んだ女性型鉄塔で、開脚角度がやや広い分だけ脚注も奔放に地面を踏みしめています。(中略)<お姫様鉄塔だ>と私は思いました」
このような微に入り細にわたる鉄塔描写が、武蔵野線鉄塔約100基について全てなされています。更に全鉄塔について全身(?)と周囲の風景、その鉄塔から前後の鉄塔を眺めた風景の写真まで添付。
鉄塔の全体像を写した写真に、「誠実な姿の○○号鉄塔」などと言うキャプションが付いているのは悪い冗談のようですけれど、本作を読んでいると不思議とそれを受け入れて居る自分がそこに。
鉄塔を語る豊富な語彙と、それによる独自の言語世界が構築されており、最初はほとんど差異の無いように見えた鉄塔たちが、主人公=著者の語るが如くそれぞれに個性を持った者として立ち上がってくるのです。
ちなみにこの「鉄塔武蔵野線」は、初版が94年に出版されその後97年に映画化と共に文庫化、更に今回ソフトバンク文庫で「完全版」として出版されています。著者によると全鉄塔について詳細な写真を添付することが初版発行時からの夢だったとのことで、それが実現された今回のソフトバンク文庫版はまさに「完全版」の名がふさわしいです。
それと、余談ですが俺が本作に妙に思い入れがあるのは実際に自分も小学生の頃「鉄塔巡り」に近いことをやっていたからだったり。
俺の場合「専攻」は高圧鉄塔でなく電柱で、自宅に繋がる電柱から順番を逆に辿って最寄りの変電所まで辿り着いたりしていました。それも夏休みに。