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偏読日記@はてな

本を読んだりゲームをしたり、インターネットの話をしたりします。小説も書きます。

田舎町×戦争×少女×人力飛行機=??? - 「終末の鳥人間」

終末の鳥人間
終末の鳥人間

あっちもこっちも行き止まり。それでも、飛んでみるしかない!

片田舎で、特にやりたいこともなくて、成績もよくなくて、モテない高校生。無理矢理入れられた人力飛行機部も成果が出ない。
そんななか、東アジア情勢は緊迫感を増して……。
読み応え抜群の長編スペクタクル小説!
(Amazonより引用)

熱血部活ドラマに震災後日本の暴走劇を掛け合わせるはなれわざ!
著者は大飛躍を遂げた。

ディストピア小説+青春小説+人力飛行機小説!?
飄々とした文章で綴られた、愛と勇気と絶望と希望

(帯コメントより引用)

Amazonのあらすじや帯コメントが意味不明だって? 俺も読む前はそう思っていましたよ。なにが「そんななか、東アジア情勢は緊迫感を増して……。」だ。
しかし読了した今なら胸を張って言えます。これらの文章は全くもって間違っていないと。
「熱血部活ドラマに震災後日本の暴走劇を掛け合わせるはなれわざ!」これがまさに直球で作品の内容を表しているんですよ…… ほんと離れ業にも程があるわ……

田舎町の希望のない平凡な高校生が部活を通じて打ち込める対象を見つける青春部活もの。東日本大震災後の現状を反映しすぎた、タカ派総理大臣が誕生した近未来日本の社会シミュレーション。鳥人間コンテストでしか世に知られていない人力飛行機製作サークルの内情に迫った業界もの。
なぜそんなものを組み合わせたと首をひねってしまう要素を集めているのに、気がつけばきちんと有機的に絡み合って一本の物語を成しているというのが相当な衝撃でした。
青春部活ものとしての要素、近未来東アジア情勢の緊迫シミュレーションとしての要素、それぞれが強固に結びついておりどちらか一方だけを取り出せる者ではありません。どう考えてもまともに結びつかないようなこの二つが人力飛行機を軸として統合されているのは正直なところ感心するしか無いです。

まず、「片田舎で、特にやりたいこともなくて、成績もよくなくて、モテない高校生」の表現が嫌になるくらい精度が高すぎて冒頭からもういたたまれなさ満点です。舞台は福井県の日本海側、海沿いに立つ「プラント」が基幹産業で住民のほとんどはそこの関連企業で働く小さな町で、主人公たちも当然のように高校卒業後は「プラント」で働く以外の進路を見いだせず。このあたりの閉塞感に満ちた田舎町描写の丹念さには圧倒されます。

そうした未来のなさに包まれた主人公たちが、顧問の教師の押しつけでやらされた人力飛行機製作に次第にのめり込んでいく様はまさに定番過ぎるくらいまっすぐな青春部活もの。挫折を抱えた元有力人力飛行機チーム所属の顧問教師、いけ好かないライバル高校の人力飛行機チームに頼りになる仲間の大学人力飛行機チームと実にツボを突いた配置も青春部活物語に花を添えます。
ここで光るのが群を抜いて正確な人力飛行機関連の描写。機体パーツの呼称・製作の細かい手法・テストフライト手順・人力飛行機界の風習・人力飛行機に携わる連中の精神性まで、ありとあらゆる事項を完璧に網羅。大学時代に5年間人力飛行機製作サークルに関わり鳥人間コンテストに3回出場した俺の目からしても気持ちが悪いくらい正確すぎて突っ込むところが皆無で、むしろ記憶がよみがえってきて思わず懐かしくなってしまったくらい。芝浦工業大学のチームに取材したとのことですが相当に深いところまで調べているのがうかがえます。
鳥人間コンテストの出場チームが一様に打倒したがっているのは敵は他のチームではなく、自分たちの飛行機の弱点と飛行距離記録の壁」 作中で登場するこの表現、人力飛行機業界の人間は実際にこんな考えで動いてるんですよね。こういった「人力飛行機を取り巻く雰囲気」の自由闊達さが、「北」*1との緊張の高まりできな臭くなっていく近未来の日本社会の息苦しさと上手い具合に対比されていきます。人力飛行機という実利にまったく結びつかないものへの熱中が、社会の雰囲気に流されずに自分の意志でもって自由を求める所に繋がってくる後半の展開には感心してしまいました。
終盤の「戦争でいったんバラバラになったけど再集結して人力飛行機を飛ばす!」にはあざといと思いながらも経験者としては目を潤ませざるを得なかったです。がんばって機体製作したのに飛ばすところが無い悔しさ、本来飛ぶはずだった場では無いところだとしても飛ばせる喜び、わかるのよ……

くわえて本作を語る上では外せないのが「そんななか、東アジア情勢は緊迫感を増して……。」、近未来日本の社会シミュレーションとしての部分です。
平成の革命児と呼ばれる40代の若作り社会派コメンテーターが政治家へ転身、「にほん改新党」を結成して総理大臣へ。この愛称"カッシー"の総理大臣、読めば誰でも想起するだろうのは「橋下総理」です。おおよそ2016年くらい、「橋下総理」のもとの近未来の日本が「ニッポンの本気!」をスローガンに「北」に対して強硬姿勢で臨んで引っ込みが付かなくなりずるずると戦争へ向かう様子は、何かボタンを掛け違えることを続けていけばもしかしたらこういう未来もあるかも知れないと思わせる真に迫ったものがありました。一つ一つは諦観と共に受け入れてしまうようなささいな変化が、積み重なった結果として引き返しようのない地点に至らせてしまうという社会変化の過程描写には怖さすら感じます。
「鳥人間」を冠したタイトルから人力飛行機まわりの話のみに主眼を置いた物語かと思う向きもありましょうが、こちらの近未来日本社会を描く部分にも相当に力が入っています。このあたり、人力飛行機に興味のない人にこそ読んでもらって感想を聞きたいですね。

だがしかし……メインヒロインがなあ…… 彼女のみ人物設定のリアリティのレベルが周りと隔絶してファンタジーの域に入っており(具体的なところはネタバレ防止のため伏せる)どうにも微妙な違和感が終始ぬぐえません。田舎町の高校生、人力飛行機、東アジア情勢の緊迫、本作を形作る主立った三本の柱のどれも非常に精度良くやってくれているからこそ、そのなかでメインヒロインが強烈に浮いてしまっていました。
メインヒロインの造形以外の部分ではそういったファンタジー的な現実世界との差違を極力感じさせないように出来ているのがこの違和感に拍車を掛けましたね。



そして、本編を読破後に読んだ「小説宝石」8月号の著者による鳥人間コンテスト取材記冒頭で語られた「終末の鳥人間」執筆のきっかけがちょっと想像を絶していまして。
小説宝石 2012年 08月号 [雑誌]
小説宝石 2012年 08月号 [雑誌]

(2006年の北朝鮮ミサイル発射騒動を福井県原発地帯から40kmの場所で体験して)
「自分の人生は、まさか本当に今日で終わるのだろうか」と空を仰ぎながら抱いた現実逃避めいた空想は、今でも覚えている。どこかからヒーローが現れて、ミサイルを『退治』してくれないだろうか──と。

それが執筆のきっかけだったの!?

こういう経緯の元に書かれた物語だという前提に立つと、妙に作品世界から浮いているメインヒロインのキャラクター設定や二人乗り人力飛行機を題材にしたこと、あのラストシーンなど全てに納得がいきます。
全てはラストのあの光景を描き出すための枠組み、人力飛行機も、近未来東アジア情勢の緊迫も、田舎町の閉塞感にあふれた高校生の生き様も、ただあの終末にたどり着くためのものだったと考えると本作のバラバラになりそうな要素が奇蹟的に一体化しているところにとても得心がいったものでした。

関連リンク

世界設定協力の研究者の方の記事。このリンク先にある世界設定の面を主に取り上げたあらすじのほうがよほどわかりやすい作品紹介になってますね。

*1:本文中で国名がはっきりと表記されることはありませんは