偏読日記@はてな

本を読んだりゲームをしたり、インターネットの話をしたりします。小説も書きます。

ひぐらしのなく頃に解 祭囃し編

誰にだって幸せになる権利がある。
難しいのはその享受。


誰にだって幸せになる権利がある。
難しいのはその履行。


誰にだって幸せになる権利がある。
難しいのはその妥協。

クライマックス直前(具体的には「48時間作戦」の開始直前)で中断して約2ヶ月放置していた祭囃し編をようやく終了。流石に冬コミ前には終わらせておかなきゃね。


既存の枠組みの中でどうあがいてもうまく行かないのなら、その枠組みそのものを壊してしまえばいいという事ですか。
御都合主義とエンターテイメントの境目をギリギリで綱渡りしていくような終盤の展開はなかなか見物です。
が、やっぱりこの人は一人称で書いたほうが上手いと思ったことも確か。
短文キャッチコピー(「正解率1%」「惨劇と踊れ」とか上で書いたような各編冒頭詩とか)と一人称テキストに関しては毎度ながら大したものだと思いますが、三人称での情景描写はいまいちこなれていなくて違和感を感じることしきりでした。


それにしても、全編終わらせて思うのはもしひぐらしの発売形態がこのような分割リリースではなく最初から全てのエピソードが一緒になっていたらどのような評価をされていたかということ。
とはいえ、分割リリースだからこそ一編ごとに割ける時間が多くなりそれがクオリティの上昇につながったという面もあるでしょうのであくまでも思考実験にしか過ぎませんけど。


プレイヤーに謎を投げかける鬼隠し〜暇潰しの出題編、謎の答えを提示すると共に「真の敵」を浮かび上がらせる目明し〜皆殺しの解答編、そして誰もが幸せになれるハッピーエンドへの道を探る最終章 祭囃し編
お話全体の構成としてはフラグ管理で行けるルートを制限した既存のAVGの枠組みで十分に表現可能な内容に思われます。
よくあるエロゲ/ギャルゲ風表現をあえてさせてもらえば、最初から行ける4ルートが
レナルート=鬼隠し・魅音/詩音ルート=綿流し・沙都子ルート=祟殺し・梨花ルート=暇潰し 
ここまでクリアするとフラグ開放で
裏魅音/詩音ルート=目明し・裏レナルート=罪滅し・裏沙都子ルート=皆殺しに進めるようになり、
全てをクリアすることでトゥルールート=祭囃しへ。

そしてこれは前半の選択肢で後半エピソードが分岐というPS2版ひぐらしのシステムとなんら変わるところはありません。


作品内からは選択肢といったゲーム的要素を排除しながらも、プレイヤーに真相を推理してもらうことを初めから前提とすることでより大きな意味での「ゲーム」となるというのは同人版ひぐらしの特色と言われています。
とかくプレイヤーによる推理コミュニティの形成と絡めて語られることの多いひぐらしですが、そういう意味ではPS2移植によって初めて「お話の内容のみ」で評価されることになるのかもしれませんね。