萌えミリタリの皮をかぶった骨太架空戦記 -「末期戦少女CD」を聴いてみた
全世界を巻き込んだ、戦争が起きていた時代のお話です。
末期戦少女・戦勝少女|SEVENEIGHT
その「帝国」はあまり大きな国ではありませんが、その世界の大部分の同じ様な大きさの国のいくつかを相手に戦争をしていました。
初めの頃は勢いがあったので、ほとんどの国を圧倒していました。
でも、次第に息切れがして来ました。
その国の軍隊はとても強くて、普通では考えられないほどの頑張りで何とか国を支えようとしましたが、どう見ても限界です。そんな時代の、軍人さん達の独言集です。
正直なところを言わせてもらいますと、当初この作品を知った際には上辺だけを取り繕った安易な萌えミリタリ企画の一つだと侮っていました。
「末期戦」すなわち戦争に負けかけて来ている軍の中で自己犠牲やら愛国心やらで悲壮感を煽り、「感動」を提供するような作品だと。
が、先に購入した方々の聴いての感想を見ると皆かなりの高評価。
もしかすると俺が間違っていたのかもしれないと思いつつ、今日Amazonから到着すると同時に早速聴いてみると・・・
なんですか、このありとあらゆる面における本気ぶりは。
艦隊は航空援護無しに「一億総玉砕の先駆け」として自殺的な出撃をし為す術もなく壊滅し、新兵は銃の扱いも知らないまま前線に放り出され、参謀将校は妄想スレスレの机上の空論を振りかざし、前線指揮官は無茶な指令に逆って独断撤退を行い、政治将校は退却してきた将兵を抗弁を許さず敵前逃亡罪で銃殺し。
実際の「末期戦」軍隊において発生するありとあらゆる極限状況が繰り広げられます。
ただそこにあるのは悲惨な戦場の現実のみ。
確かに「自己犠牲やら愛国心やらで悲壮感を煽り」なタイプの人も居ますが、そういった面以上にどうやっても戦況を挽回することが出来ない状況でそれでも戦い続けなければならない末期戦、負けかけの軍隊の重苦しさだけが残ります。
陸海空それぞれの将官から一兵卒まで幅広い立場からキャラクターを登場させ、様々な「戦争」に対するアプローチをさせて画一的になっていないところもまた巧いです。
「ある架空の国の軍隊における、終戦間際の群像劇」、つまりある種の架空戦記として捉えれば恐ろしいほどによい出来。
なんというかもう、使われる単語や表現のレベルで本気過ぎ。「主砲方位盤が故障?!」とか普通の人は意味が判らないから。
が、ここで難点になってくるのは1トラック10分弱に収めなければならなく、かつ一人語りというCDドラマである故の制約。
例えばトラック1の艦隊司令長官を例に挙げると、出撃前訓示→嵐の前の静けさ→敵艦隊発見→海戦中→・・・ と、移り変わる戦況に応じての語りが収録されています。
これなどはかなり判り易い方で、数時間にわたる戦闘を10分弱に短縮して表現しているのだと思えばよし。
が、人によっては数日間の時間経過(加えて地理的移動等)もあり、語りかけの対象すら一定ではない場合も多く一部のキャラは一度聴いただけでは状況がつかみにくかったりします。
CDボイスドラマであるが為に状況説明の「地の文」が無く、台詞のみからどういった状況に置かれているのか読み取らねばならないのが難点。
史実の末期戦軍隊の様相を知っていればそれを当てはめて脳内補完を行う事が出来るのですが、その種の知識が無い場合台詞のとりとめの無さに混乱してしまう可能性がだいぶ高いです。
しかしそれでも、多少なりともミリタリ属性、その中でも末期/最貧戦属性のある人には是非とも聴いてもらいたい作品。
このまま闇に消え去らせるには余りにももったいないと思うのですよ。
そういった面に興味/知識のない人が聴くには厳しすぎる内容かもしれませんけれど。
……内容の良さの割にあまりにも認知されていない*1のにかっとなってレビュー記事を書き殴ってみました。
我ながら興奮しすぎだとは思いつつも書くのを止められません。
やはり、ここまで「気合を入れて作られた」作品にはそれ相応の反応を返しませんとね。
以上、総評ということで、ここからはトラックごとの個別感想/解説(弱ネタバレ)
- 第1トラック タザキ・ジュンコ海軍少将(第一艦隊司令)/小菅真美
航空援護なしに「一億総玉砕のさきがけ」として出撃させられる艦隊の司令官。いわずと知れた戦艦大和の沖縄特攻出撃(参考:坊ノ岬沖海戦)がモチーフですね。
「海峡を突破」「被害担当艦」など、レイテ沖海戦ネタも混じっているかも。
台詞に含まれる各種パロディネタがかなり多いのもこの人。
「勇者の如く倒れるしかない」なんて佐藤大輔パロをこんなところで目にするとは思いませんでした。
- 第2トラック イケベ・リョウコ陸軍中将(歩兵師団長)/一之瀬めぐみ
無茶な反撃命令を下される師団長。沖縄戦その他の島嶼防衛戦闘あたりがモチーフでしょう。
ブックレットに載っている「歩兵第321師団長」という正式な肩書きがまた末期戦ぶりを煽ります。
無闇にナンバーが大きいという事は、即ち戦争末期になってから泥縄的に編成された師団の可能性が高いという事で。(無論例外もあります)
「信念だけでは、兵力と火力の不足を補うことは出来ません!!」という悲痛な台詞がこのトラックの全てを現しているかと。
- 第3トラック サトウ・マコト陸軍軍曹(歩兵)/清水香里
新兵の訓練教官を務めるベテラン軍曹。いわゆる「鬼軍曹」さんです。
特定の何かモチーフがあると言うわけではなく、末期戦的状況における歩兵下士官全般のイメージですね。
威勢よく教育していたトラック前半から戦場に出る後半に行くにつれ、次第にやさぐれていくのが聴いていていたたまれませんでした。
あと、声優が魔法少女リリカルなのはシリーズにおけるシグナムと同じと言うのを某氏に教わってから、このトラックを聴くたびキャラ画像がシグナムのイメージに入れ替わってしまって困る困る。
- 第4トラック テラダ・イツキ陸軍二等兵(歩兵)/真田アサミ
「愛国心」に燃えて志願してきた少年兵*2が戦場の現実を知るのがこのトラック。
木銃と手榴弾の代替のボールを用いた「軍事教練の授業」程度の訓練しか受けていなさそうです。手榴弾の安全ピンを知らないって。
「祖国の現状を憂い、微弱ながらもこの力を役立てたいと〜」なんて勇ましく着任の挨拶をしていたのが、乏しい補給と厳しい敵の攻撃という現実にさらされてあっという間に「えらいところに来ちゃったよぅ・・・ やだよぉ・・・」になっていくのが聴いていて辛かったです。
- 第5トラック ニシクジョウ・サキコ帝国陸軍中佐(陸軍省作戦課) /仙川しのぶ
机上の空論を振りかざす狂信的参謀将校。特定の誰かと言うわけではなく、末期帝国陸軍の参謀将校全般がモチーフかと。
流石にここまでの人は現実には居ないでしょうが、こういった言動が存在したのも確かであり。
自らの正しさを微塵も疑わない恐ろしいほど晴れやかな声で、しかし全く根拠の無い電波発言を繰り返すトラック前半が素晴らしすぎる。
「確かに、練度不足は否めません。しかし、各自決死の覚悟で戦いに挑むことで、実力以上の働きが望めると確信しております」
「たかだか物資量だけで敵戦力を推し測り、弱腰になるなど敗北主義者の所業です!」
「防御戦とは、粘りの戦いです。すなわち寄り高い理想、志を持った高尚な人間が勝つのです。つまり我々の勝利が揺らぐことが無いということなのです!」
もうこの辺りは聴いていて笑いすらこみ上げてくる始末でした。本当に「逝っちゃった青年参謀将校」を名演しすぎ。
悲惨な現実に抗う陸軍キャラを師団長から一兵卒まで順に語らせた後に、こういった現実を見ていない人物を投入するのは実に上手だと思いました。
- 第6トラック ナツキ・ヨウ帝国空軍飛曹長(防空戦隊)/中村恵子
首都防空部隊のエースパイロット。やっぱり244戦隊なんですね。(参考:飛行第244戦隊)
「撃墜戦果100機以上、ただし撃墜された回数も十数回」というのはハンス・U・ルーデル辺りがモチーフでしょうか*3
台詞の殆どが史実の軍人達ネタというある意味凄い人。俺が判らないだけで、下手すると全ての台詞に元ネタがあるのかもしれません。
確実な敗北が待っている事を確信しながらも、それでも矜持と義務感に従って戦い続けるまさに「職業軍人」
圧倒的に不利な戦況の元でありながらもその中で合理性を追求するその態度、そして机上の空論ばかりの上層部への反感の台詞などは前トラックに対するアンチテーゼなのではないかと。
- 第7トラック ナカマル・カオリ国家保安省中佐(督戦隊)/やなせなつみ
いわゆる「政治将校」(参考:政治将校)がモチーフ。
自分の行っている行為の非道さを自覚しながらも淡々と前線部隊に攻勢を強制していっているかのような演技が光ります。
無茶な命令を下すという事なら同じような系統のニシクジョウ・サキコ帝国陸軍中佐と同じなのですが、態度から迎える最後まで全く正反対なのも面白いところ。
現実を見ない狂信者と現実主義者の違いとでも言いますか。
あと、おそらく生き残り組の中で戦後一番成功するのはこの人かと。準備万端過ぎる。
- 第8トラック クボ・アキエ海軍主計少佐(臨編陸戦隊隊長)/長嶋陽香
海軍主計少佐で臨編陸戦隊隊長とかもうたまりません。 いざ敵軍の上陸を迎えようと言うときに泥縄的に艦を失った水兵や港湾要員/司令部要員等で編成された陸戦隊の指揮官に最上級/最先任というだけで就いてしまい、真っ先に玉砕するタイプの人ですね。
美少女だらけの軍人さん名セリフボイス集 - 末期戦少女/戦勝少女 - 偏読日記@はてな
まさに俺の予想通りの人でした。全トラック中で随一の「真面目」な軍人。
実戦経験皆無の主計(経理)将校であるが故の教条主義的で不必要に勇猛果敢になっているその態度と、そんな人であるがゆえに敗戦という現実を受け入れられないかのようなオチが本当にやりきれない。
他の「真面目な軍人」(タザキ少将・イケベ中将・サトウ軍曹・ナツキ飛曹長あたり)の人たちが戦場を知っている分それなりに柔軟な考えの持ち主だったのとは対照的です。
ある意味ではテラダ二等兵の士官版とでも言うべき存在なのかもしれません。
こうして各人ごとに感想/解説を書いて改めて実感しましたが、本当に色々な立場/方向性の人物を揃えています。
「末期戦」というシチュエーションからよくぞここまで膨らませたと感嘆する次第。
ほんと、ミリタリ属性かつ末期戦好きの人にはたまらない作品ですよ、これ。
女性声優による語りやイラストで先入観を持ってしまうのはもったいない。
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軍事的元ネタ+その他のパロディについて色々と解説されています。
リンク先記事での、
あと、このCD冬コミで先行発売されたようですが、マーケティング的に思い切り間違ってます。 正直そんなことするくらいなら、音声サンプルをネットに上げていた方が効率的でした。 MCあくしずやミリクラを抱えるイカロス出版にサンプル1枚送りつけるのでも良かったかと思います。 ニッチ企画としては、かなり優れているのに宣伝ベクトルが違うのが残念です。
末期戦少女聞いてみた:MURAJIの戯れ言so-net blog版:So-netブログ
と言う指摘には心から同意。
せめてサンプルとして1トラックだけでも公開して貰えたら…… いくら文章で解説するよりもとにかく一度聴けばその凄さが判ると言うのに。