偏読日記@はてな

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どうか愛して、わたしたちを── - 「スワロウテイル人工少女販売処」


スワロウテイル人工少女販売処 (ハヤカワ文庫JA)
スワロウテイル人工少女販売処 (ハヤカワ文庫JA)

男女の性交渉により発症・進展する〈種のアポトーシス〉と呼ばれる奇病が蔓延した近未来。関東湾に浮かぶ人工島に設けられた男女別自治区に隔離された感染者たちは、人を模して造られた人工妖精(フィギュア)を異性の代わりとして生活していた。
そんな人工妖精の一体である揚羽(あげは)は、死んだ人工妖精の心を読む力を使い、自警団(イエロー)の曽田陽介と共に連続殺人犯"傘持ち(アンブレラ)"を追っていた。被害者の全員が子宮を持つ男性という不可解な事件は、自治区の存亡を左右する謀略へと進展し、その渦中で揚羽は身に余る決断を迫られる――苛烈なるヒューマノイド共生SF


(ハヤカワオンラインの紹介文を一部改編)


街の全てを覆うマイクロマシンにより完璧な環境が維持され、食料すら無尽蔵に生み出される人工島。人類に尽くすことを存在意義として生み出される愛らしい人工妖精たちにかしずかれ、全ての自治区住民は完璧な福祉が実現された街で生きる──ただひとつ、「人間の異性」が存在しないことをのぞけば。


「人類に奉仕するため生み出された種族」である人工妖精、少女の姿をした彼女たちであふれる街を実現するためにずいぶんと無茶な設定をこしらえたものだと読み始めた当初は思ったものでした。
そんな楽園のような街の裏側を、酸いも甘いもかみ分けた自警団のおっさんとはみ出し者の人工妖精の少女のコンビが駆ける──というような話になるのだとばかり予想していました。第一章の序盤を読んでいるときには。


しかし、この「スワロウテイル人工少女販売処」はその程度のスケールでは収まってくれません。連続殺人犯"傘持ち(アンブレラ)"の真実を追う過程を通して人類を愛し/愛されるためだけに生み出された人工妖精の存在意義そのものに迫り、さらに終盤では比喩でもなんでもなく宇宙的なスケールにまで話が拡大していきます。
第三部を読んでいるときは物語の向かう先がまったく予想できず、なのに先を読みたい気持ちばかりがはやって非常に妙な気分になりました。
第二部までの哀しい殺人犯の物語を通して人類と人工妖精の関わりを描いていく部分だけでもよく出来てるのに、それすら踏み台にして読者が予想だにしないステージに上昇していきますからね。
いくら何でも一冊に要素を詰め込みすぎですし、そのせいで心情描写的な面でちょっと納得のいかないところがあります。だけど、その凝縮されたさまは魅力でもあり。エピローグをのぞけばおよそ二日間の出来事だというのも圧縮された感を加速しているところがあるかもしれません。
読み始めた頃に考えていた物語の収まるべきスケールをあっさりと飛び越えていくさまにはある種の気持ちよさすら感じましたよ。その発想はなかった! と。


読書メーターでの感想を見ていると「ラノベっぽい」という批判が幾つか見受けられますが、俺には特に問題だとは思えませんでした。

「連続猟奇殺人犯"傘持ち(アンブレラ)"
生体型自律機械の民間自浄駆逐免疫機構青色機関は、あなたを悪性変異と断定し、人類、人工妖精間の相互不和はこれを未然に防ぐため、今より切除を開始します。執刀は末梢抗体襲名、詩藤之峨東晒井ヶ揚羽。お気構えは待てません。目下、お看取りを致しますゆえ、自ずから然らずば結びて果てられよ!」

上で引用したのは主人公の揚羽の戦闘前の口上です。こういった外連味や軽妙な会話、ルビ芸("全能抗体(マクロファージ)" "末梢抗体(アクアノート)" "傘持ち(アンブレラ)" "赤色機関(Anti-Cyan)"などなど)や全般的なキャラクター造形が「ラノベっぽい」と評される原因なのでしょう。
日本本国から自治区に派遣された治安部隊「赤色機関」、自治区総督府、自治区自警団の間の政治的綱引きと言った細かく書き込んでいけばそれだけでかなり分量を取りそうな部分を万能のジョーカー的なキャラクターを投入して一気に解決してしまうあたりも原因に含まれるかもしれません。


……まあ「ラノベっぽい」という文句が批判として使えると思っている時点でどうかと俺は思いますけれど。

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街の裏側で異常者を狩る少女(武器はメス)という揚羽の造形に最近読んだばかりの「藍坂素敵な症候群」を思い出してしまいました。