偏読日記@はてな

本を読んだりゲームをしたり、インターネットの話をしたりします。小説も書きます。

いまだからこそ、津波について知ろう - 「TSUNAMI 津波から生き延びるために」

この本は、一人でも多くの方に津波から生き延びて欲しいという願いを込めて、また津波による死者数を限りなくゼロに近づけたいとの願いと込めて、日本の第一線級の津波研究者が分担して執筆しました。
(エピローグより引用)


TSUNAMI―津波から生き延びるために
TSUNAMI―津波から生き延びるために


実際の津波被災地から得られた大量のデータと写真によって「津波」という現象の実例を克明に示し、各種の実験や理論により科学的に「津波」を理解し、そこから得られる防災策を個人から行政まで広いレベルに渡って紹介・教授しています。
この内容の広さと深さは素晴らしい。


経験を語り継ぐことを推奨すると同時に、単純に経験によってのみ行動することを戒めているのが印象的なところ。
後述の「津波工学」的な部分で解説されるとおり津波には海岸から発生地までの距離や津波の元になる地震の性質の違いによる個性があり、過去の事例や教訓をそのまま盲進することは逆に危険を招きます。
「大きな引き波の後には津波が来る」は正しいけれど、「津波が来るときには大きな引き波が来る」は必ずしも正しくない(震源が海岸に近い場合は引き波無しにいきなり津波が来る)あたりは俺も誤解していたところでした。
経験者の言い伝えや教訓と、津波の一般的な物理的特性について併せて理解しておくことが必要だと述べています。


周囲の浅海域で津波が回折することにより、島を襲った津波が本来の入射方向以外の海岸にやってくる現象なんてのは本書で初めて知りました。
湾の奥に行くほど被害が大きくなるのは回折によって海岸からの反射波がより湾内部に向かうことによるものなのだそうです。単純に海面の面積が減るから水かさが上がるだけではないんですね。(下図 P166より引用)

防波堤ならともかく、こちらは効果のありそうに思える消波ブロックが実際は津波に対してほとんど無意味なのも、津波の波長が通常の波に比べて非常に長いからだとのこと。この辺りも数式によってきちんと理論的に示してくれます。

世界最深・釜石の防波堤、津波浸水6分遅らせる : 科学 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)ここでニュースになっている湾口防波堤には、「湾の開口部分を狭めることによって湾内に流入する津波が減少」「防波堤開口部を津波が通過する際に生じる渦によって津波のエネルギーを散逸させる」「湾内の共振周期を変えて津波による共振を防ぐ」という複数の効果が期待されていたとのこと。海岸の防潮堤と違ってもとより津波を完全に押しとどめるものではないので、浸水を6分送らせたというのは十分に効果を果たしているのではないでしょうか。


津波自体の挙動や家屋の流出になどについても定式化されており、さながら教科書を読んでいるような気分になったりすることも。
たとえば「流れによる人の転倒の実験結果」などは、かなり浅い津波でも容易に足を取られて転倒してしまうことをはっきりと示してくれます。
(下図参照 P88〜89から引用)



歴史上の津波の実例、理論的な面からの津波へのアプローチの両方に十分に力を入れて記述されているからこそ、そのあとの津波から生き延びるための対策がとてもよく頭に入ります。なぜそうしなければならないか、なぜそれが効果的かの理由が判っていることの効果は大きいです。


「日頃から万全の準備を整え、いざ津波来襲のときには、出来るだけ早くそして速く、出来るだけ高くまで逃げるというきわめて単純なことです。」
エピローグにあるこの一文。これを読者が実現できるよう、ありとあらゆる資料と知識を集約した感のある、まさにいまだからこそ必読の書だと思いました。


ちょっとした余談

自分の足で歩いたこともある、慣れ親しんだ仙台の沿岸部の田園風景が津波に呑まれていくのを生中継で観るというのは正直なところ本当に強烈で、悪夢としか言いようのない……いや、悪夢だったらどんなにいいことかと思える経験でした。
だからこそ、本書の「津波工学」パートで津波という現象を数式と理論を通して理解できたのはある種の救いでしたよ。理解できるのなら、「次」に備えることもできるのだから。


ちなみに表紙裏に貼り付けてあった送付状によると「全国の公共図書館、大学図書館へ謹呈することにしました」とのことで(俺も街の図書館で借りた)買わずともかなり簡単に読める本なのではないかと。