偏読日記@はてな

本を読んだりゲームをしたり、インターネットの話をしたりします。小説も書きます。

とある飛空士への追憶

とある飛空士への追憶 (ガガガ文庫 い)

とある飛空士への追憶 (ガガガ文庫 い)

───助けられるものなら、助けたい。


ドブネズミのように生きてきて、ゴミくずのように空に散る運命なら、せめて一度くらい、胸を張って誇ることの出来る仕事をやり遂げてみたい。
幼い僕を救ってくれたファナ・デル・モラルをこの苦境から助け出したなら、自分のした事を誇りに思えるのではないだろうか。

いつかどこかの空で炎を吹き上げ散華するとき、僕の辿ってきた道を後悔しないで済むのではないだろうか。

「美姫を守って単機敵中翔破、1万2千キロ。やれるかね?」
貧民あがりの戦闘機乗りである主人公狩乃シャルルに与えられた秘密任務、それは敵空軍の完全制空権下にある中央海を複座水偵一機で渡りきり、本国まで次期皇妃ファナ・デル・モラルを送り届ける事。

身分も経歴も何もかもが違う二人の逃避行は果たして上手く行くのか?
そして2人は無事に海を越え、本国へたどり着くことが出来るのか?

美姫と飛空士、ふたりの織り成すひと夏の恋と空戦の物語。




id:hobo_kingの人のやたら力の入った感想(とある飛空士への追憶 - いつも感想中)を読んでいても立ってもいられなくなり購入。


とにかくもう、ほろ苦くも爽やかなラストが本当に良かった。

ラスト数十ページを読んでいる時は物語が「終わってしまう」ののが怖くなりページを繰る手が止まりながらも、しかし先を読みたい気持ちが同じくらい強くて再び読み始めるのを繰り返すという実に妙なことをしていました。


一介の戦闘機パイロットと次期皇妃という、本来なら交差するはずも無かった二人の人生が交差する逃避行。
その一瞬の輝きを胸に抱き、自分の足で前を向いて生きる事を決意するラストのファナの姿の凛々しさには「光芒五里に及ぶ」と作中で評されるだけのことはある。

もちろんラストシーンに至るまでの空戦シーンの迫力、逃避行中の2人の不器用で微笑ましい触れあいが見事なのは言うまでも無く。

地の文が多く堅めで抑制的だけれど丁寧な文章が、単なるパイロットと同乗者、お姫様と貧民に過ぎなかった2人が危険を共に潜り抜けていくうちに次第に接近していく様を実に自然に描いていると思います。
でも水着どうこうのネタはちょっと笑った。凄い伏線の張り方ですねあれ。



また個人的に驚いたのは、主人公の「凄腕の戦闘機パイロット」描写の見事さ。
安易に特殊な機動をさせたりするのではなく、「基本の回避行動が物凄く上手」という方向でキャラを立てて来たのには感心してしまいました。

更にそれだけでは終わらず、見せ場となるシーンではきっちりと大技を繰り出し超人的な頑張りを見せて決めてくれるというのもリアリティと物語的なカタルシスの両立という意味で成功しているかと。


……というか、主人公シャルルの「得意技」*1や、敵機に包囲された状態で負傷しながらも逃げ切る等の展開が某ゼロ戦エースをモチーフ(の一端)としているのではないかと思えて仕方ない俺はどうしようもない軍オタ。

*1:空戦機動的な意味で