「地獄インターネット」なるものについて
この1年ほどTwitterで(局所的に)存在感を増してきた感のある単語、「地獄インターネット」
トレーサビリティだ!ころせー! #地獄インターネット
— ゴミ (@watanabe052) 2012, 9月 11
みんなでつながるトレーサビリティの輪 #地獄インターネット
— ゴミ (@watanabe052) 2012, 9月 11
@watanabe052氏の、2012/9/11の発言が恐らく「地獄インターネット」という概念に付いての最初の言及でしょう。このとき主眼に置かれていたのは、トレーサビリティ=検索可能性 の要素でした。
この発祥の瞬間を見ていたものからすると、2014年のいま検索するとごろごろ出てくる「地獄インターネット」の使われ方に違和感がとてもあります。「変な人」「間違った人」をインターネットから見つけてきて「地獄インターネットだ!!」と晒すよくある光景は、最初の語義からはずれているのではないかと。トレーサビリティ(検索可能性)が極限まで高まった結果、何もかもが検索可能になりフラットなウェブ上で繋がった世界で、「変な人」「間違った人」「酷い状況」などと容易に遭遇してしまう構造そのものが「地獄インターネット」なのではないかと
https://t.co/qXTzTsICLX
検索可能性の高まりとSNSの隆盛により、容易に繋がってはいけない界隈同士が繋がり見えてはいけないものが見えてしまうのが2010年代初頭の地獄インターネット
— a-park(えーぱーく) (@a_park) 2013, 7月 15
あらゆるものが検索可能になり、あらゆる人がフラットに繋がった状態でSNSで発言し、その二つが合わさることにより日常的に「あってはいけない界隈」の衝突が起きるのが #地獄インターネット だと俺は自分なりに定義してる
— a-park(えーぱーく) (@a_park) September 17, 2013
やはり大事なのは追跡可能性の要素なんだよな 単発の電波発言や諍いそのものではない #地獄インターネット
— a-park(えーぱーく) (@a_park) 2013, 9月 17
厳密な語義の定義が求められる話ではないとはいえ、この種の構造にまで思い至らせている意見があまりないように思えたので記事にしてみた次第です。
現在のフラット過ぎて繋がってはいけない界隈同士が容易に接続して摩擦の起きるインターネットの反動として、今後は「情報の誤配」が起こらない小さなコミュニティに細分化していくのでは、なんて話を昨晩していた
— a-park(えーぱーく) (@a_park) 2013, 8月 10
そして本題と外れるところとして、俺がここしばらく思っているのは現状のフラットすぎる状態の揺り戻しがどこかで来るのでは、と言うこと。その揺り戻しがどんな形で現れるのかはさっぱり予想が付きませんが…… それを予言できるようならインターネット関連で起業できるよ。