偏読日記@はてな

本を読んだりゲームをしたり、インターネットの話をしたりします。小説も書きます。

Twitter実況におけるRTの伸びとフォロワー数の関係についてあれこれ

大盛況の元に終わった4/6大湊艦これオンリー同人誌即売会ですが、帰ってきてからネット上での報じられ片を眺めていて不思議になった点がありまして。

あれだけたくさんの参加者で会場がごった返していたのに、ホタテ無料配布の例として取り上げられているTweetが俺(https://twitter.com/a_park/statuses/452629831457329154 )と、もう一人(https://twitter.com/sumihii/statuses/452622999787544576 )、この二人のものばかり。
まさか誰も実況していないわけがないと思い各種まとめサイトを見て回ってそれでも見つからず、Yahoo!リアルタム検索でイベント当時の投稿を「大湊 ホタテ」で検索してまでしてようやく7人見つかりました。



並べてみると判るとおり皆が同じようにホタテ無料配布を実況しているのにRTのされ方がずいぶんと違い、RT数が3桁を超えているのは俺を含め3人のみ。まとめられるTweetが限られていたのにも納得です。

そして、どうしてこんな事が起きるのか。

まことに簡単な話で、単にフォロワー数が多いから。これら実況者たちの拡散力を単位フォロワー当たりのRT数、フォロワー数/RT数として表し、これをフォロワー数とのグラフにプロットしてみるとまことにきれいに対応しているんですよね。

同じ内容を実況してもフォロワーが多いほどRT数の伸びが高い、というのはまったく妥当な結果で驚くことはなにもなし。


また、見過ごせないのが約700RTされてトップになっているこのツイートの秀逸さです。


たったの31文字で新聞の見出しのように何が起きているのかを伝えきり、写真も他の実況者と違い近くに迫って撮影。これが拡散されないわけが無い。



……実況者は8人居るのにグラフの点が7個しか無いのは変だって?



はい、これが真のグラフです。




グラフの右下、フォロワーが14000近い割に300弱しかRTされていないこれが謎なんですよ…… 写真の切り取り方もよく、投稿文もけして悪くないのに。
一つ原因があるとすれば、らぐほのえりか氏はイラストレーターなので自作のイラストをTwitterにアップすることが多く、14000人のフォロワーは皆それを求めている(ホタテ実況などは必要としていない)ということなんでしょうかね。

初訪問者の視点に立ってブログレイアウトを見直し


こんな感じに、この週末は調べ物をして行き着いたブログの中から面白そうな所をRSSリーダーに追加していました。たまには新しい風を入れないとね。

その過程で思ったのは、検索経由の初訪問者に対するナビゲーションを充実させることの大切さ。特定の1記事に検索でたどり着いて、読み終わったあと他の記事の関連情報にうまく誘導してくれると良いんですけどそれが出来ていないBlogの多いこと。

また特定のテーマについて「○○について(1)」「○○について(2)」と連載記事のようにして、しかし各記事の間を数日開けて誘導リンクが無いなんてこともありました。ずっとそのBlogを読んでいる人にとってはこの更新形態でいいにせよ、記事が書かれてから数年後に「○○について(2)」を訪れて誘導リンクがなかったりすると途方に暮れますよ。


人の振り見て我が振り直せ、と言うわけで俺もこのBlogのデザインを改造。

これで、だいぶ検索経由の初訪問者を他の記事へ誘導できるようになったかと思います。あとは特定のテーマに沿って複数記事を書いているときにこまめにそれぞれ「関連記事」として他の記事へのリンクを貼るようにしていきたいですね。これがあるのと無いのではまったく違うので。

発信する「つぶやき」、反応する「つぶやき」


タイムラインに流れてきたこのTweetを見て、同じTwitterでの「つぶやき」でもTwitterの外から仕入れてきた情報や自分自身の思考から生み出されたものを発言するTweetと、タイムラインに流れる他人の発言に反応してのTweet。この2種類があって、どちらの種類のTweetが多いかでその人のスタイルが決まるなと思ってみたり。


俺はといえば、圧倒的にTwitterの外から持ってきたり自分自身の思考を元にするタイプ。なんたって、日記サイトを開設してから約1年ほどはGoogleに拾われず最大で10アクセス/日くらいの状態で毎日気合いを入れてネタを仕込んで書いていたような奴ですからね。仮にタイムラインを一切見ずに発言しろと言われても余裕で可能ですし、コミケ前の同人誌執筆で忙しいときなどはTwitterクライアントを落として一切タイムラインを見ずにエディタのTwitter投稿機能からひたすら発言していた経験もあります。

思い返せば、数十人のフォロワーしか読む可能性がないmixi日記よりも場合によっては数千、数万人が読むBlog記事を書いた方が楽しいとmixiを放置してはてなダイアリーにかまけていた覚えも。俺のインターネット利用は昔から一対多の不特定多数への発信を指向していたのでTwitterもそのまま同じ使い方をしていると言うことですね。


……なんてことを、珍しくよそのTweetへの反応として書いてみました。

「地獄インターネット」なるものについて

この1年ほどTwitterで(局所的に)存在感を増してきた感のある単語、「地獄インターネット」


@watanabe052氏の、2012/9/11の発言が恐らく「地獄インターネット」という概念に付いての最初の言及でしょう。このとき主眼に置かれていたのは、トレーサビリティ=検索可能性 の要素でした。


この発祥の瞬間を見ていたものからすると、2014年のいま検索するとごろごろ出てくる「地獄インターネット」の使われ方に違和感がとてもあります。「変な人」「間違った人」をインターネットから見つけてきて「地獄インターネットだ!!」と晒すよくある光景は、最初の語義からはずれているのではないかと。トレーサビリティ(検索可能性)が極限まで高まった結果、何もかもが検索可能になりフラットなウェブ上で繋がった世界で、「変な人」「間違った人」「酷い状況」などと容易に遭遇してしまう構造そのものが「地獄インターネット」なのではないかと



厳密な語義の定義が求められる話ではないとはいえ、この種の構造にまで思い至らせている意見があまりないように思えたので記事にしてみた次第です。



そして本題と外れるところとして、俺がここしばらく思っているのは現状のフラットすぎる状態の揺り戻しがどこかで来るのでは、と言うこと。その揺り戻しがどんな形で現れるのかはさっぱり予想が付きませんが…… それを予言できるようならインターネット関連で起業できるよ。

偽の記憶を信じて11年経っていたのに今さら気づいた

11年前の2002年、自分のPCを手に入れてメールアドレスとハンドルネームが必要になった俺は、本名を元に以下のような手順で変換を行いました。

  • 1)本名が「三河」という姓
  • 2)地元に「三河屋」という店があったので、「三河屋」というあだ名で呼ばれていた時期がある
  • 3)「三河屋」をさらに変換、ハンドルネームは「三河商会」に設定

もちろん、ここで例に挙げている本名やあだ名の例は実際とは異なりますが"a-park"はおおむね上記のような3ステップを踏んで生成されています。
ここで一番重要なのは手順の2番目、変換キーに使っている「とあるもの」の存在です。俺の故郷の街に存在するそれを知らないかぎり"a-park"から本名への逆変換はほとんど不可能なので、ネットセキュリティの点でもっとも重要なのはここでした。

そして"a-park"と名乗りだしてから11年あまり。ふとしたきっかけから、「とあるもの」について検索してみたところ……


ハンドルネームの変換キーのはずの「とあるもの」は存在しませんでした。

Google検索でヒットしない可能性も考慮してより確実な某データーベースの該当年度にも当たって発見できなかったため、俺の記憶の中にしか存在しないものであるのは確実です。
この11年間、俺は一体何を信じていたんでしょう……  多少の勘違いによる記憶の取り違えくらいなら笑って済ませられるものの、上記の変換手順の所に書いたように「とあるもの」に由来するあだ名で呼ばれていた小学校生活の思い出が脳内にしっかりとありますからね。
脳裏にしっかりと刻まれていた「とあるもの」の所在地と外見も、Googleストリートビューでそのあたりを見て回ったら影も形もなし。

あまりの衝撃に一時は"a-park"としての自分のアイデンティティに深刻な危機を覚えましたよ。
判りやすく例えると、「あなたの名前はこういう由来で付けた」と両親から聞かされ、他人にもそう説明していた自分の本名の由来が全て偽の記憶だったとでもいうべきでしょうか。


自らが"a-park"であるのにはなんとか納得がいくようになりはしても一度根付いてしまった自分の記憶への不信感はもう消せません。中学校以前の思い出が、もうなにも信じられない。

関連リンク

11年にわたり使っているハンドルネームを付けた由来が全部偽記憶だった - Togetter
今回の件についてのTweetをまとめたTogetterまとめです。


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