偏読日記@はてな

本を読んだりゲームをしたり、インターネットの話をしたりします。小説も書きます。

 「ヒトラーの特攻隊 歴史に埋もれたドイツの「カミカゼ」たち」

ヒトラーの特攻隊――歴史に埋もれたドイツの「カミカゼ」たち
ヒトラーの特攻隊――歴史に埋もれたドイツの「カミカゼ」たち

講習では、生還できるわずかなチャンスについて議論しました。以前に敵機に体当たりしたことのある飛行士の話では、その確立は1対9だと言います。10のうち、生還できるのは1くらいだろうと。皆、自分がその「1」になるのだと堅く信じていました。
正しい体当たりの仕方や脱出の仕方についても話し合いました。ぶつかり、風防を開け、そして飛び出す。経験者が自らの体験を語ってもくれました。


しかし、実際的な訓練は何もなかったです。飛行機で滑走路を一巡することすらやらせてもらえませんでした。燃料がないからです。

(「エルベ特別攻撃隊」の一員 ヨアヒム・ヴォルフガング・ベーム氏のインタビューより)


ドイツ本土を爆撃する英米軍の重爆撃機編隊に対し、武装を外した戦闘機による体当たり攻撃を行ったドイツ空軍の「エルベ突撃攻撃隊」
本書は彼らが編制されるまでの経緯とたった一度だけの出撃の様を、参加した戦闘機パイロットや指揮官へのインタビューを通して描いたものです。


新聞連載を元に再構成したものであるため記述がとても平易で読みやすさはこの上なし。が、少しばかり叙情的すぎるきらいがあり、その点はノンフィクション作品としては一歩劣ります。
武装を全て外し受信機のみが搭載された戦闘機に搭乗し、無線から流れる勇壮なマーチと敵軍への復讐を煽る女性の声を聴きながら高空へ上る冒頭の描写はほとんど小説の域。
扱う題材の特殊さと一般向けのわかりやすさを優先した結果から来るものなのでしょうが、まるで見てきたことのような小説的描写が続くと違和感を覚えることもありました。


だがそれでも、圧倒的な事実の前には多少の記述の善し悪しなど色あせます。
戦闘機を生産する為の余裕を産むために一時的にショックを与えて爆撃を止めさせるという目的のもと、一人の指揮官の強烈な行動力から「体当たり攻撃隊」が編制されていくプロセスは負けかけの国の軍隊ならではのある種の恐ろしさがあります。

参加した戦闘機パイロットたちの証言がまたやるせないことこの上なし。本当に技量の高いパイロットはジェット戦闘機に乗るために温存され、集められた/集まったのは未熟なパイロットのみ。
特別攻撃隊として編制されたあとの「体当たりの訓練」も戦意高揚映画などでの精神教育と座学ばかりで、体当たり用に新品の戦闘機を受領しても燃料不足でテスト飛行すら出来ずにぶっつけ本番。


計画段階では1000機の戦闘機が同時に体当たりを行う筈が、機材が確保できず実際の「エルベ特別攻撃隊」の機数はわずか180機ほど。その中でも機体の故障で引き返したもの・発進できなかったものも多く、実際に英米軍の爆撃機に接敵できたのはおよそ100機というのがまた。
こういった部隊が計画されてしまう時点で既にその国の体制はガタが来ていますからね。通常の迎撃戦闘のための戦闘機すら揃えられなくなりつつあるのに、体当たりのために1000機を揃えようという時点でまず矛盾しているのです。


「エルベ特別攻撃隊」に加えてさらに戦争が末期に近づいてから行われた「オーデル川作戦」についても多少書かれていますが、こちらは資料・インタビュー共に少ないのか「エルベ〜」に比べるとほとんどページ数を割かれていません。
「ソ連軍がオーデル川に架けた橋を爆弾を抱えた体当たりで破壊する」というこの作戦については俺も存在しか知らなかったため、本書で参加したパイロットの証言が読めたのは収穫でした。
しかしインタビューの対象となったのは一人のみで、立案の経緯なども不明のまま。あまりにも戦争末期に実施されたため資料がろくに残されていないのが原因のようです。


巻末には本書の元になった「エルベ特別攻撃隊」の指揮官・参加パイロット、そして「オーデル川作戦」に参加したパイロットへのインタビューの原文が載っており、本文中の描写はインタビューのどんな言葉が元になったか比較できるのは良し。
日本ではあまり知られていない「ドイツのカミカゼ」について、一般に向けて広く紹介する本としては出色の出来でしょう。軍事知識が無い人でも問題なく読めそうです。