偏読日記@はてな

本を読んだりゲームをしたり、インターネットの話をしたりします。小説も書きます。

青年、アラスカの雪原に死す - 「荒野へ」

荒野へ (集英社文庫)
荒野へ (集英社文庫)

アラスカの荒野にひとり足を踏み入れた青年。そして四か月後、うち捨てられたバスの中で死体となって発見される。その死は、やがてアメリカ中を震撼させることとなった。恵まれた境遇で育った彼は、なぜ家を捨て、荒野の世界に魅入られていったのか。登山家でもある著者は、綿密な取材をもとに青年の心の軌跡を辿っていく。全米ベストセラー・ノンフィクション。
(裏表紙より引用)


20世紀末のアメリカで、ここまで本気の「荒野を放浪する生活」が可能だったというのが驚き。
しかもそんな連中はごくごく少数の変わり者ではなく、少ないながらもコミュニティが出来たりするくらい存在するのですね。このあたり、アメリカが先進国ながら本物の人跡未踏の「荒野」が存在する国だからこそ成立している状況なのではと思います。
いくら中西部が荒野だとはいえもう少し文明が及んでいるのかと思っていましたが違うんですね。
これならヒッチハイクが文化として定着しているのもむべなるかな。


本書は青年──クリス・マッカンドレスがアラスカの雪原で亡くなるまでの二年にわたる放浪の足跡を、残された日記を元にした取材で追っていきます。
そこで描き出されるのは、孤独を愛しながらも快活で人々に好かれ、資本主義社会からの逸脱を目指しながらも金儲けの才能はあまりある、複雑に屈折した一人の青年の姿。
「なぜ」彼が荒野を目指したかではなく、彼が荒野で「どんなふうだったか」を二年の間に彼と接した人物たちの目を通して語っていきます。

また筆者自身も若い頃に無謀な冬山登山に挑み、死の淵からからくも舞い戻った経験を持っているのが本書に独特の味わいを与えています。中盤に差し挟まれる、筆者が無謀な単独冬山登山で死の淵をさまよった際の経験談は、過去にマッカンドレスと同様の冒険をしながらも死ななかった者として、一歩間違えれば死に陥る冒険へ乗り出す青年の心情を克明に語っていると言えましょう。

そして、無謀ながらも二年にわたり荒野での生活を生き抜くだけの強かさを備えたマッカンドレスが、なぜアラスカで死んだのか。筆者の調査により明らかになる真相のあっけなさには言葉もありません。ほんの少しだけのミスで死に至るのが「荒野」の怖さということなんでしょう……



それにしても、アメリカの放浪者たちにとってアラスカは「自然と共に生きる生活」の理想を投影される地域で、地元民からはその種の(現実とかけ離れた)理想を抱いてアラスカにやってくる連中が嫌われているという記述にはどこでもそんなものなのかと思ってしまいました。
日本だと北海道が同様の印象を持たれていますよね。おなじ北方の辺境の住人である道民として、このあたりには妙なシンパシーを覚えてしまいました。


とても良く出来たノンフィクションであり映画になりそうだ、と思ったらやはり映画化されていました。

イントゥ・ザ・ワイルド [Blu-ray]
イントゥ・ザ・ワイルド [Blu-ray]

評判がよさそうなので、そのうちこちらも観てみようと思っています。

「海軍設営隊の太平洋戦争―航空基地築城の展開と活躍」

海軍設営隊の太平洋戦争―航空基地築城の展開と活躍 (光人社NF文庫)
海軍設営隊の太平洋戦争―航空基地築城の展開と活躍 (光人社NF文庫)


昭和19年(1944年)初頭にニューギニア西部ソロン基地で飛行場の設営にあたった第二○三施設隊に所属していた筆者による回想録と、日本海軍設営隊に関する広範な資料をまとめたのが本書。。


大発は輸送船に積み込む前にバッテリーを充電しておかないと現地で使えない、出港してから荷役用具の不足に気が付いて航海中に製作、大発用の石油ドラム缶が見つからなくて探したら重油ドラム缶の下の船倉最下部に載せられていた、などなど実体験からくるディティールは部隊の動きを記述する戦史では見えてこない所であり。現地で上陸してから設営隊が飛行場を設営するにあたってどんな作業をこなしているかの具体的な様相についても詳しいです。

とはいえ昭和19年ニューギニア西部ということで、筆者の部隊が上陸して飛行場を設営し始めてからほどなくして米軍の侵攻により飛行場設営任務は中止され、筆者たちの部隊は終戦まで現地自活を送ることになります。なので本書の回想録部分も後ろ半分はずっと現地自活についての記述が続いています。

ここまでだと一個人の体験談の域を出ず、「設営隊」がどんなものかの総説としていまいち足りないところ。
本書の後半はそれを補うように海軍設営隊の沿革と設営隊関連の資料が掲載されています。定員表、編制表、編制装備表から、土木機械を運用する際の作業班の編制や、整地用機械の性能表まで、末期の日本海軍設営隊に関しての様々な資料は前半の筆者の体験談の下りとあわせて読むことで理解が深まりました。

一部隊の指揮官の視点からの体験と、総体としての海軍設営隊の両方について触れられていて良かったです。

戦闘行動・戦闘部隊の観点からの戦史にばかり触れていると、設営隊すなわち飛行場を設営しているうちに現地防衛部隊に組み込まれたり米軍が上陸してきて壊滅したりしている部隊という印象ばかりあって、具体的に何をしているかの理解がなかったので本書は役に立ちました。


また、日本で(=日本海軍設営隊で)土木機械の利用が発達しなかった原因として、「(当時の日本では)労働力は極めて豊富、かつ低廉であり、しかも政治的には、道路事業は失業救済事業の対象と考えられて、機械化は失業救済と利害相反するものとして退けられていたのである」という指摘が興味深かったです。


「戦いの世界史 一万年の軍人たち」

戦いの世界史: 一万年の軍人たち
戦いの世界史: 一万年の軍人たち

人類が「戦争」という行為、現象、場所とどのように向き合ってきたかをあらゆる方向から掘り下げる大著。

本書の内容の幅広さは各章のタイトルを挙げてみればすぐに判るところで、第1章から順に抜き出してみると「1.戦いの相貌 2.敢闘精神 3.歩兵 4.騎兵 5.砲兵 6.戦車 7.損耗人員 8.工兵 9.航空戦力 10.司令官 11.戦争の原動力 12.不正規兵 13.戦争体験」と多岐にわたります。


これらは大別すると以下の二種に別れており、

  • 歩兵、騎兵、砲兵、戦車、工兵、航空戦力、司令官、不正規兵(軍隊の中の役割ごと)
  • 戦いの相貌、戦闘精神、戦争の原動力、損耗人員、戦争体験(戦争と人間の関わり)

「軍隊の中の役割・兵器/兵科の分類」のみならず、「人間が軍隊・戦争とどう関わってきたのか」についても非常に幅広く扱っていることが判ります。まさに「戦いの世界史」のタイトルに恥じません。
戦場の兵士のみならず、彼らと社会の関わりにまで幅を広げた射程の広さには原題が "Soldiers"、邦題の副題が "一万年の軍人たち" となっているのも納得でした。

そして原著は1985年の発行ながら、読んでいて古びた感がまったくせず。俺はとちゅうまでごく最近の本だとばかり思っていました。
これは邦題の副題の通り人類と「戦争」の1万年にわたる付き合いを題材にしているので、たった数十年の変化に揺るぎはしないということなのでしょう。

「天冥の標」最新刊(VIII巻Part1)まで追いついた

天冥の標VIII ジャイアント・アークPART1 (ハヤカワ文庫JA)
天冥の標VIII ジャイアント・アークPART1 (ハヤカワ文庫JA)

かつて六つの勢力があった。 それらは「医師団(リエゾンドクター)」「宇宙軍(リカバラー)」「恋人(プロステテュート)」「亡霊(ダダー)」「石工(メイスン)」「議会(スカウト)」からなり、「救世群(プラクティス)」に抗した。
「救世群」は深く恨んで隠れた。
時は流れ、植民地が始まった――。


かなり前にI巻~III巻を読んで、それ以来続刊を追いかけるのをさぼっている間にVIII巻(上)まで合計8冊も出てしまっていた「天冥の標」シリーズをインドに行っている間に全部読破しました。

紀元前数億年から西暦2800年代までを舞台に、とある宇宙的存在と人類の関わりを歴史を追いながら様々断面から描いていく一大シリーズの本作。
こう書くと、やたらスケールの大きく大上段に構えた物語のように思ってしまいそうですが、しかし本作の特徴はシリーズ個別の巻ごとの単独でのまとまりと完成度の高さにあります。

  • 「西暦2800年代の植民惑星を舞台にした政治闘争(I巻)」
  • 「21世紀初頭の地球を舞台にしたパンデミックSF(II巻)」
  • 「真空に適応するよう人体改造した人類の一派『酸素いらず』の主人公が宇宙海賊を追うスペースオペラ(III巻)」
  • セクサロイドだけが住まう『軌道娼館"ハニカム"』で究極のSEXを追い求めるカップルの物語(IV巻)」
  • 「反抗期の娘に悩まされてる小惑星帯のとある宇宙農家のおっさん(訳ありの過去あり)がトラブルに巻き込まれる(V巻)」
  • 「思考形態が人類とまったく異なる異星人とのファースコンタクトの生み出す悲劇(VI巻)」
  • 「とある小惑星の地下施設に閉じ込められた数万人の子供たちによる宇宙版『蝿の王』または『十五少年漂流記』(VII巻)」

それ一つで十分に単体作品として成立しそうなアイディアを出し惜しみ無く投入していきながらも、これらがきちんと「天冥の標」世界を貫く物語の構成要素になってます。

なにもかもが茫洋としていてつかみ所が無く、急展開したと思ったら作中の問題がまるで解決せず終わってしまうI巻の意味が、II巻以降を読み進めるにつれて解き明かされていくときの楽しみといったら!!
VII巻まで読むとI巻の「真実」がおよそ判明するんですが、そういうことだったのか!! と感動するあまりVIII巻に進む前にいちどI巻に戻って読み直しましたもの。そしてI巻初読の際に首をひねったところがほとんど判るようになっていて、ここまで追いかけてきてよかったと心から思いました。

どの巻も甲乙付けがたいものの、俺は外連味たっぷりの宇宙戦闘が目白押しのIII巻、宇宙農家という地に足に付いたものとシリーズの裏に潜むとある宇宙的存在という対極過ぎるものを一つの話にまとめる手腕の光るV巻が特に好きですね。
1冊まるまるセクサロイドのSEXの話が続くIV巻も、事前に読むのが辛いのなんだの言われているのを目にして覚悟していましたが特に問題は無く。IV巻、確かに表面的には官能描写が延々と続くので官能小説然としていますけど、シリーズの中で人間同士が生殖して子孫を残すことの肉体的・精神的な意味がとてもクローズアップされているので存在は必然ともいえると思っています。


上で引用したTweetの通り、この記事執筆時点(2014年6月末)の最新刊のVIII巻Part1は「天冥の標」シリーズを貫く物語がちょうど一段落し、まさにこれから新展開の始まるところになっています。起承転結なら「起」「承」が終わったところとでも言いますか。
VIII巻Part2は2014年9月と言うことで、ここからどう話を転がしてもう楽しみでなりません。

関連リンク

各巻ごとのあらすじと感想を非常にコンパクトに良くまとめた記事。


天冥の標〈1〉―メニー・メニー・シープ〈上〉 (ハヤカワ文庫JA)天冥の標〈1〉―メニー・メニー・シープ〈下〉 (ハヤカワ文庫JA)天冥の標 2 救世群 (ハヤカワ文庫JA)天冥の標 3 アウレーリア一統 (ハヤカワ文庫 JA)天冥の標Ⅳ 機械じかけの子息たち天冥の標 Ⅴ 羊と猿と百掬の銀河天冥の標6 宿怨 PART1 (ハヤカワ文庫JA)天冥の標6 宿怨 PART 2 (ハヤカワ文庫JA)天冥の標 6 宿怨 PART3 (ハヤカワ文庫JA)天冥の標VII 新世界ハーブC (ハヤカワ文庫JA)

検証 戦争と気象―天気晴朗なれども波高し


検証 戦争と気象―天気晴朗なれども波高し (銀河ウォーセラーズ)

日本海海戦当日の天気図」「真珠湾攻撃当日の天気図」「キスカ島撤収の当日の天気図」「トラファルガー海戦当日の天気図」など、過去の戦場を再現した当時の天気図から語ってみるという観点は非常に面白いです。戦争における天気予報の重要性、戦間期の気象観測・海洋観測の話も俺にとっては初耳の話ばかりでよかったです。
「戦争と気象」と銘打ってはいるものの扱っているのは海戦が多いのは、気象条件がそのまま戦場そのものに影響する海ならでは。

やや日本海軍を賞賛しすぎているところと、1編がとても短く語りきれないところがだいぶ残ってしまっている所が少々残念でした。あくまで本書は「気象の観点から戦史を読み解く」姿勢の入門書、これ以上は自分で調べてね、と言うことなのかもしれません。