偏読日記@はてな

本を読んだりゲームをしたり、インターネットの話をしたりします。小説も書きます。

「「レアメタル」の太平洋戦争 なぜ日本は金属を戦力化できなかったのか」

「レアメタル」の太平洋戦争: なぜ日本は金属を戦力化できなかったのか
「レアメタル」の太平洋戦争: なぜ日本は金属を戦力化できなかったのか

仮に当時の日本に資源が潤沢にあったとしても、やはり太平洋戦争には負けているだろう。それは「いかに金属を戦力化するか」、つまり「金属で優れた兵器を効率的にたくさん作る」という根本的な戦争の手段において、日本は太刀打ちできなかったからである。
(Amazon商品詳細ページより)

まず始めに言っておきたいのは、本書のレアメタルの~」というタイトルにはだいぶ偽りがあること。レアメタルの話題を扱っていないわけではないものの、どちらかと言えば金属全般を扱う延長としてレアメタルについても語っているという方が正しいです。
「金属利用から見る太平洋戦争」とでもしたほうが内容をきちんと反映しているでしょう。


とはいえ、タイトルが内容を表していない点を除けば非常に面白い本であることは確か。
戦争のタンパク質「銅」、戦争の骨格「鋼」、戦争のビタミン「レアメタル」という各章タイトルは金属が近代の戦争の中で果たす役割をよく表しています。
たとえば銅一つとっても、砲弾・薬莢・軍艦の水圧管・軍艦の電気設備など用途は多岐にわたっており、本書の解説を読むとそんなところにもこの金属が必要なのか、と驚かされることしきりです。
年産7500機から年産10000機へ航空機生産を増産するにあたり工場設備に22~26万トンの鋼が必要だったり、その鋼の生産のために鉄鉱石や石炭を鉱山から運び出すにも鉄道建設でレール用の鋼が必要といったあたりも見えづらい部分。
本書を読んでいると、戦争とはとにかく膨大な量の各種金属を消費する行為なのがよく判ります。

そしてサブタイトル「なぜ日本は金属を戦力化できなかったのか」についてはまことに惨憺たるありさまなのが示され、読んでいて暗い気持ちになることこの上なし。
せっかく鉱脈のある地域を占領してもろくに鉱山を開発できず、鉱山地帯から港まで輸送する鉄道の整備もなく、既に連合国が開発済の鉱山を占領しても生産量がガタ落ち。ようやく生産した鉱石も戦争末期になると輸送船が無いため運べず。
あまりに占領地域の鉱山地帯を利用できていなさすぎて、ほんともう何しに行ったんだという思いがこみ上げてきました。

ようやく本土へ輸送してきた金属資源の利用の非効率さ、陸海軍での資源の奪い合いについても紙面を割いています。
昭和18年11月からの陸海軍それぞれのアルミニウム割当量の調整が昭和19年1月になるまで決着が付かず(最後は陸海軍大臣・参謀総長・軍令部総長の会談に) 結論が出たのに実際に輸入されたアルミニウムの総量が計画量より遥かに少ないので割り当て計画が根本的に破綻なんてくだりはもう目を覆うばかり。


兵器の性能や戦場での部隊行動など判りやすい部分の裏側、大量の金属資源を湯水のように使う行為という観点から太平洋戦争を語る本としてなかなかに面白かったです。
唯一の難点は、いくら何でもそれはこじつけに近いのでは……? と思えてしまうくらい太平洋戦争の全ての事柄を金属に絡めて書いている部分があること。意図的に嘘を書いていることは無いものの、かなり著者の推測が入った記述も多いように感じました。

「失恋探偵ももせ」読んで現地に行ってきた

失恋探偵ももせ (電撃文庫)
失恋探偵ももせ (電撃文庫)

「恋はいつか終わります――」
 そんなことを言う後輩の千代田百瀬に巻き込まれ、野々村九十九は「失恋探偵」である彼女に手を貸す日々を送っていた。
 ――失恋探偵。
 それはミステリ研究会の部室を根城にして行われる、学校非公認の探偵活動。恋に破れた人のために失恋の真実を調べる彼らのもとには、それぞれに失恋の悩みを抱えた依頼人(クライアント)たちが訪れて――。
(Amazonより)

あまりに手堅くまとまりすぎて、ちょっとなにか突き抜けたところがあればより良かったのにというのが読んで思ったところ。
あと、百瀬の(すなわち作品を通して主張される)恋愛観、人間観にちょっとのれない所がありましたね。人はそんなに理路整然と生きていないと思うんだよね俺は。

舞台が小樽(をモデルにした街)で、宣伝からしてやたらと北海道推しの割りに舞台が小樽である物語場の意味がほぼ無いのは面食らいました。いわゆる観光地に住んでいる地元高校生の行動としては、「有名な場所」に行かないほうが正しいとは言えこれ小樽を舞台にしなくても展開できる物語ですからね。なぜここまで小樽推しなのか……


現地調査オフ

というわけで、@jus_22氏の呼びかけに俺が応えたのをきっかけにTwitterで付き合いのある北海道のラノベ系の人たちで「失恋探偵ももせ」現地調査オフへ。

当日の様子はこのあたりにまとまっています。旭展望台が予想以上に山の上で登るのが大変でした。作中で1日2往復しているのは健脚すぎると参加者の皆で意見が一致。

旭展望台から眺めた小樽港。さすが高名なだけはある絶景でした。

わたし、人力飛行機のパイロットになります! - 「トリガール」

トリガール!
トリガール!

一浪の末、工業大学に入学した女子大生・鳥山ゆきなは、ラブリーでスイートな学生生活を夢見ていたが、ひょんなことから人力飛行機サークルに入部。パイロット班の先輩である高橋圭、坂場大志と人力飛行機のパイロットとして、鳥人間コンテストを目指す。
そんな中、圭が怪我を負ってしまい、入部一年目のゆきなが急遽、出場することに。
坂場とともに、過酷なトレーニングを積む日々を過ごすが、2人は果たして大会に間に合うのか……!?

【トリガール!】『100回泣くこと』中村航の最新作!鳥人間コンテストに情熱をかける学生たちの青春"飛翔"ストーリー!-Walkerplus


鳥人間コンテスト人力飛行機をフィクションで扱うにあたっては、様々な方向からのアプローチが考えられます。
航空機の製造という高い技術力を要する行為を大人数の集団で協力して行い、完成した機体に乗るは過酷なトレーニングをくぐり抜けた選ばれし1人の(ごくまれに2人の)パイロット。様々な要素が含まれているが故に、焦点をどこにあてるかで作品の方向性も変わってきます。

数十人~百人弱のチームで1機を1年近くかけて設計・製作する過程を追い、プロジェクトものとしての側面に焦点を当てる方法。
鳥人間コンテストという「大会」に出場して他のチームと記録を競い合うスポーツものとしての側面に注目する方法。
「人間が自分の力で空を飛ぶ」部分に目を着けてパイロット個人の視点に寄り添う方法。

ざっと思いつくのはこれくらいでしょう。そして「トリガール」がどれを選んだかと言えば、最後のパイロットに寄り添う方法でした。
大した目的意識もなく工学部に入学してしまった女子大生が人力飛行機のパイロットという打ち込める対象を見つけていく青春ものとしての面に割り切り、他の要素について最小限しか語らないお陰で非常にすっきりとした作品に仕上がっています。一人称視点での物語であることも語る範囲を限定し、主人公との一体感を高めることに寄与しています。
お陰でラスト、鳥人間コンテスト本番での飛行シーンが最高に気持ちいいのです。あれはよかった。

主人公一人称視点でのパイロットとしてのトレーニングの日々の描写に重きを置いているので機体製作の風景はほとんど出てこないものの、所々に差し挟まれる他の部員達の描写には現役&経験者からの取材*1が生きていました。
知らないサークルの先輩でも服装を見れば何を担当しているかすぐわかる(フェアリング班は削ったスチレンまみれで白い、フレーム班はCFRPの破片にまみれて黒い、服が小綺麗なのが電装班)とか、プロペラ班はロマンチストとか、この手の人力飛行機製作サークルあるあるは製作経験者として身に覚えがありすぎて笑ってしまいましたよ。

あまりにもプロットが素直すぎて予定調和な感もありますが、人力飛行機鳥人間コンテストを題材にした爽やかな青春物語としてコンパクトによくまとまっていました。


関連リンク


本作のための特設サイト。各種インタビューなどやたら充実しており、プロモーションムービーまでありました。



YouTubeにアップロードされている機載カメラで撮影した人力飛行機のフライト動画。これが人力飛行機パイロットの見ている世界なのです。


関連記事

人力飛行機を製作する側の視点に立った物語として相当な高みにあるのが本作。

俺が大学生時代に所属していた人力飛行機サークルが鳥人間コンテストに出場した際の記事です。

やたら詳細な人力飛行機関連描写のあるラノベ「旅に出よう、滅びゆく世界の果てまで。」について、一言一句を検証した大人げない記事。

*1:あとがきによるとヤマハ芝浦工業大学のチームに取材しているようです

「はたらく魔王さま!」(1)〜(2)

はたらく魔王さま! (電撃文庫)
はたらく魔王さま! (電撃文庫)

世界征服まであと一歩だった魔王サタンは、勇者に敗れ、異世界『日本』の東京・笹塚にたどり着く。そんな魔王が日本でできること。それはもちろん“世界征服”!!──ではなく、駅前のファーストフード店でアルバイトをしながら生活費を稼ぐ、いわゆるフリーター生活だった!
その頃、魔王を追って時空を越えた勇者エミリアもまた、テレホンアポインターとして日本経済と戦っていた。そんな二人が東京で再会することになり―!?
六畳一間のアパートを仮の魔王城に、今日も額に汗して働くフリーター魔王さまが繰り広げる庶民派ファンタジー。
(Amazonより引用)

札幌読書会の課題図書に選ばれたのを機に2巻まで読了。
タイトルと舞台設定から予想していた物語とまったく違う…… なにこれ面白い!! 

異世界で敵同士だった魔王(男)と勇者(女)が現代日本で一般人に身をやつしていがみあいながら勤労生活という設定から、もっとおちゃらけた軽い話だとばかり思っていました。それが、こんなに地に足のついた生々しい話だったとは。
「異世界人が現代日本の東京(笹塚)で生きて行くにはどうしたらいいか」を驚くほどしっかり描いてるんですよね。魔王が現代日本にやってきて最初にすることが戸籍偽造と銀行口座開設という時点で何かが違う。
そうしてやたらと現実的でありながらもコメディとしてもきちんと成り立たせている、とても優れた緩急の付け方には感心。重くしようと思えばいくらでもそうできるのにそちらに落ちては行かない巧さがありました。

魔王に好意を寄せるバイトの後輩の女子高生 千穂(表紙イラスト真ん中の娘)が健気で最高に可愛く、魔王がきちんとまともな大人として格好良く描かれているのでなぜ千穂が魔王を慕うのかというところの説得力が半端じゃないのも新鮮でした。ラブコメ的な、特に理由無く好意を寄せられる主人公の対局にいるんですよね、魔王さま。

「魔王と勇者」という設定先行ではなく、基礎から緻密に積み上げた堅実な作りがとても俺にとっては好ましい物語でした。千穂可愛いしね!!(2回目)
続刊も今後すぐに追いかけていこうと思います。


はたらく魔王さま!〈2〉 (電撃文庫)
はたらく魔王さま!〈2〉 (電撃文庫)

最近の読書 - 「インテリぶる推理少女とハメたいせんせい」から「クラウゼウィッチーズ」まで

個別に感想記事を書かないまま読了済の本が増えてきたのでまとめて更新です。


インテリぶる推理少女とハメたいせんせい In terrible silly show, Jawed at hermitlike SENSEI (HJ文庫)
インテリぶる推理少女とハメたいせんせい In terrible silly show, Jawed at hermitlike SENSEI (HJ文庫)

常識や倫理観をどこかに完璧に置き忘れ、歪みきった恋心に突き動かされるままに目的に邁進する本作のメインヒロイン比良坂れい嬢が、もう、もう最高すぎて!!
メタミステリとしての要素、女子中学生強姦魔を主人公に設定する倫理性など、語れるポイントはいくらでもある作品だけど俺はもう比良坂れい嬢の素晴らしさ一点でもってこの作品を認めます。P.183からP.192まで10ページにわたる比良坂さんモノローグ後に3章扉絵で「第三形態」の黒ずくめ&冷め切ったまなざしのイラストが来たときは歓喜のあまり声にならない叫びを上げてました*1



子ひつじは迷わない 走るひつじが1ぴき (角川スニーカー文庫)
子ひつじは迷わない  走るひつじが1ぴき (角川スニーカー文庫)

ありふれた学校生活を舞台にした日常の謎ミステリ、生徒会の業務として生徒達の悩みを聞いてその解決に努力する少年と安楽椅子探偵の少女の物語。これだけだと特筆すべき所の無い話のように思えるのが、妙な方向に黒さを秘めた人物造形が非常に良いアクセントになっていました。正直、怖さすらありますよこれ。
そして非常に初期、1巻の段階で主人公がメインヒロイン(表紙の眼鏡の娘)への好意をはっきり自覚しているというのも良かったです。あの二人で素直になれないカップルをやってくれるのかと思うと期待が高まりますね。
というわけでボーイミーツガールの導入としてもよかったので、続刊も読んでいくことに決定。



ゴールデンタイム5 ONRYOの夏 日本の夏 (電撃文庫)
ゴールデンタイム5 ONRYOの夏 日本の夏 (電撃文庫)

この、「初めて親元を離れてひとり暮らしする大学1年生の夏休み」を鮮やかに切り取った感じ!!
何気ないシーンでの感情の揺れ動きの描写がほんと巧くて、そうそう俺はこれが見たくて竹宮ゆゆこ作品を追いかけてきたんだよというふうに堪能させてもらいました。



クラウゼウィッチーズ
クラウゼウィッチーズ

もしドラ」をクラウゼヴィッツ「戦争論」で翻案したフォロワー、「もしも戦争部の女子高生がクラウゼヴィッツを読んだら」……と見せかけた、何かもっと違う方向に飛躍してしまった怪作。むやみやたらにハイテンションを維持したまま延々と続くどぎつい下ネタギャグの連発に頭がくらくらしてきます。「戦争論」の解説は各章の最後に申し訳程度に書いてあるだけだし、いったいなんなんだこれ。

*1:飛行機の中で読んでいたので