偏読日記@はてな

本を読んだりゲームをしたり、インターネットの話をしたりします。小説も書きます。

声で魅せてよベイビー

声で魅せてよベイビー (ファミ通文庫)

声で魅せてよベイビー (ファミ通文庫)

彼はUNIX系組み込みOS好きの高校生ハッカー、彼女は声優志願の腐女子専門学生、出会いはサンシャインでの同人誌即売会

こう書くとマニアックなヲタクネタ満載の「わかる人」受け狙いな作品のように思えてしまいますし、実際にヲタネタは作品の中に満ちています。
が、それらが作品の本質的な部分と深く結びついていて居るのでとても自然に読めるんですよ。


他人とのべたべたした触れ合いを嫌い、困難に当たっても自分のみで全てをやり遂げるべきだと考える主人公の性格付けとハッカーというその趣味(?)は分かちがたいものでありどちらが先と言える物ではありません
逆に同じ道を目指す仲間と群れたがり、突き放される厳しさよりも共感してくれる優しさを求めるヒロイン沙奈歌の性格付けは一般人には溶け込めない「腐女子」だからこそ。


そして孤高な少年と夢を目指す少女が惹かれあいぶつかり合い、2人で手を取り合って未来を目指す物語はヲタクネタなど関係なくボーイミーツガールものとして実に秀逸。
一貫して独特のリズムのある主人公の一人称で語られるのですが、お陰で他人とある一線を越えて付き合わない「ハッカー的」姿勢*1が段々とヒロインによって崩れていくさまがよく描かれていたかと。



しかし本エントリを書くためにもう一度読み返してみて、いちいち自分の服装にテーマを設定しているけどコーディネート自体は微妙(例えば「今日のコンセプトは働くメイドさん!」と言ってデートにエプロンドレス+ジーンズで来る)、ほとんど初対面の主人公に自分が如何に声優という職業に憧れているか熱弁する等々、読んでいるときはさして違和感を感じていなかったヒロイン沙奈歌の人物造形のある種の生々しさに悶絶。
いや主人公もあまり人のことは言えませんけど。初対面の女の子に組み込み系OSの素晴らしさについて語るな。

またヒロインの「声」の魅力については散々主人公の視点を通して描写されるけれど、容姿については初対面から一貫して言及が無いというのも読み返して気付いたポイントだったり。



とりあえずなかなか楽しめたので、次はこの著者のコンピューターやヲタといった分野から全くはなれた分野を舞台にした作品も読んでみたいです。
今回を見る限り使うネタと物語自体をしっかり分離し、描きたいテーマに沿って最適化する事が出来る人だと感じたので専門であるコンピューター系以外で持ち味がどう発揮されるのか期待。
……まずはこの「声で魅せてよベイビー」が売れて次回作が出るところからでしょうけど。



にしても、内容とは関係ありませんが「主演:ハッカー、ヒロイン:腐女子の三次元激LOVE(ハートマーク)ミュージカル!」という帯の煽り文にはどうも少女小説の匂いを感じてなりません。「激LOVE(ハートマーク)」辺りに特に。
どちらかと言えば男性向けだと思われるファミ通文庫でこのセンスは恐ろしく浮いてる気がしますよ。

*1:本人曰く