感想「BLAM! THE ANTHOLOGY」
「何千キロも果てしなく続く階層都市」
この1フレーズの表現を圧倒的な絵面で表現しきった漫画版を前に、小説という媒体でどこまで迫れるかを競ったかのような短編集でした。
そのままでは巨大すぎて咀嚼できないBLAM!世界を再構成するにあたり、ミクロ(個人)に寄り添うか、その巨大さを巨大なまま扱うかの二系統の手法があり、冒頭がミクロの視点を極めた作品である階層世界における一個人の人生に寄り添う「はぐれ者のブルー」(九岡望 ) ラストがマクロ中のマクロの視点を極めた「射線」(飛浩隆)で終わっているのが象徴的。
収録作品の中で最もお気に入りなのは「射線」 BLAME!の背景設定である階層世界概念、無限に続く階層都市のイメージそのものの翻案とでも言うべきとんでもない作品でした。
並みの人間なら真っ向から立ち向かったら原作のスケールに圧倒されてしまうであろう階層世界概念そのもので創作してるってなんなんですかこれ。凄すぎる。
うたた寝する間に三千年が過ぎ、地球の質量の80%を都市建設のために消費する。時間的・空間的・物質的スケールの人智を超越した巨大さはまさにBLAME! くらくらするような情景が矢継ぎ早に繰り出される冒頭から引き込まれ、最後の最後で原作の霧亥の行動とリンクしたときには鳥肌ものでした。
「ゲームの今 ゲーム業界を見通す18のキーワード」感想
それは、こと「ゲームについて語る」となると、明らかにゲームの現状を把握していない発言や、一方的(ないし極めて主観的)な見地からの発言が、急激に増大する傾向があるということだ。 興味深いことに、普段は冷静で、畑違いの分野について見解を示すにあたっては下調べを怠らない専門家たちが、ことゲームについて語りだした途端、十年以上前の状況を前提とした分析をしたり、実体がどこにもないブームについてその社会的背景を推測したりと、いわば「勇み足」を連発してしまう。 (中略) 個人的には、これはゲームが持つ、本質的な強さを示しているように思う。ゲームには、識者をして「たかがゲーム」と感じさせる、驚異的な間口の広さがあるのだ。 (「はじめに」より)
「今」の「ゲーム」について、ありとあらゆる角度から切り込んだまさに総合解説というべき本でした。
本書で取り上げられている『18のキーワード』は以下の通り。
- ゲームと流通
- クラウドファンディング
- モバイルゲーム
- ブラウザゲーム
- ゲームと広告
- 東南アジアのゲーム市場・産業
- 現実世界に置かれたゲーム
- 実況・配信文化
- シリアスゲーム・ゲーミフィケーション
- アカデミックテーマとしてのゲーム
- electronic sports:デジタルゲーム競技
- 自作文化
- バーチャルリアリティ
- モバイルゲームのデザインと技術
- ミドルウェアとゲームエンジン
- コンピュータグラフィックス
- ゲームサウンド
- バックエンド技術
これらは(1)ビジネス (2)カルチャー (3)テクノロジー の三つの分野から選ばれたキーワードたちです。
つまり、 - ゲームを売る(ビジネス) - ゲームで遊ぶ(カルチャー) - ゲームを作る(テクノロジー)
この三つの方向から「ゲーム」への関わり方を解説しています。つまりそれはありとあらゆる方向から網羅していると言って良く、ここまで幅広いのはなかなかないかと。 「今」ということで発行当時(2015年)の最新のトレンドを取り上げておりますが、2017年初頭のいまでもまだ十分に通用していると感じました。
とはいえ18項目も扱っているため各項に割いているページ数がやや少なく、あくまでも概説以上のものにはなっていません。 多少なりとも知っている分野については目新しいことがなく、退屈な部分もあります。例えばアマチュア製作の同人ゲームと周辺文化を扱った「自作文化」の項など、俺自身が(ゲームでなく小説ではあるにせよ)同人活動に親しんでいるおかげで所与のことばかりでした。 しかし逆にまったく知らないことばかりで読んで蒙を啓かれる項ももちろんあり、たとえば「ゲームサウンド」の項などは録音した効果音とBGMをタイミングに合わせて鳴らせばゲームサウンドなど用足りるだろうと思っていたところにはとても勉強になりました。 18項目すべてについて詳しいと自負できるなら本書を読む必要は無いでしょうが、そんな超人はまずいないでしょう。
ありとらゆる角度から「ゲーム」を切り取る範囲の広さは大したもので、(やや)浅く広いことに価値があると言って良いでしょう。 読めば読むほど「ゲーム」がどれほどに巨大な存在か思い知らされる本でした。
「ゲームの今 ゲーム業界を見通す18のキーワード」がたいへん良かったので感想記事を書いている。これを読むとTwitterで大量RTされるタイプの雑ゲーム語りの8割くらいを投げ捨てられるのでは
— a-park / 宇古木蒼 (@a_park) 2017年3月2日
「ゲームの今」で俺がもっとも目から鱗が落ちたのはサウンドについての項で、録音した音楽と効果音を適切なタイミングで再生するだけでしょ……と思っていた蒙を啓かれた
— a-park / 宇古木蒼 (@a_park) 2017年3月2日
「メロディ・リリック・アイドル・マジック」感想
メロディ・リリック・アイドル・マジック (ダッシュエックス文庫)
東京都沖津区―国民的アイドルグループ・LEDに叛旗をひるがえした女子高生アイドルたちがしのぎを削る街。高校入学に合わせて学生寮に入った「吉貞摩真」はそこが沖津区アイドルたちの根拠地であることを知る。しかし彼にはアイドルを好きになれない理由があった。一方、同じ寮で暮らす「尾張下火」は学校一の美少女「飽浦グンダリアーシャ明奈」に誘われ、アイドルグループを結成する。しかし彼女にはアイドルにまつわる暗い過去があった。言葉にできない二人の秘密が交錯するとき、アイドルの持つ真の力が明らかになる。メロディアスでリリカルなアイドル・熱血ラブコメディ、登場!
Amazonより
とある理由からアイドルどころか音楽そのものを忌避する少年と、一度はアイドルの道を選びながらも挫折した少女。
ひょんなことから知り合った彼らは、周囲の人間たちに巻き込まれ、巻き込み、アイドルグループ『メロディ・リリック・アンド・チューン』を結成していく──
(地下)アイドルとその(素人)マネージャー。表現者と、表現者を理解し支える者。
ほとばしる若い情熱に圧倒される実によい青春物語でした。
それにつけても石川博品は 本当に 文章が 上手い な
音声も動きも視覚的に表現できない文章だけの力でライブシーンを描写して読者の胸を打つってのがまず信じられないです。ことさらに美文を誇るのではなく、ごくありふれた表現、単語で語られているのに的確にこちらを刺してくるあの感覚。
デビュー作の「耳刈ネルリ」シリーズを読んだ時に衝撃を受けたあの『文章に力がある』とでも言うべき所がさらに洗練されて襲いかかってきて、序盤は数ページごとに休憩を入れていたくらいでした。
情景描写と心情描写をリンクさせて、流れるようにスムーズに「走っている」文章で高めてくこれこそ石川博品作品の真骨頂よ
— a-park@1日目J56a (@a_park) 2016年9月14日
メロディ・リリック・アイドル・マジックを読み返し、「好きな人がアイドルになってしまったら(略)死別するよりつらい。アイドルは選ばれし者しかなれなくて、死は誰もが行く場所だ」の一連のくだりの文章が冴えすぎていて震える
— a-park@1日目J56a (@a_park) October 26, 2016
好きな人がアイドルになってしまったら、テレビやBooble+の中にいて、会いに行けるアイドルで、でも会えなくて、死別するよりつらい。
アイドルは選ばれし者しかなれなくて、死は誰もが行く場所だ。
(P. 265)
軽妙な会話の掛け合いと、やたら精度の高い情景描写を通じた心理描写で基本回していったところでこういう異常に鋭く決まった叙情的表現が刺さってくるからたまんないんだよ石川博品の文章は
— a-park@1日目J56a (@a_park) October 26, 2016
作中で語られる『アイドル』は、現実で言うところのアイドルよりもっとアマチュア寄りの女子高生が女子高生の立場のまま活動していくものです。広義のガールズバンドと言っても良いかもしれません。
であるからこそ、「興業」としてではなく純粋に人前で歌い踊り観客を楽しませることを志向する彼女たちと、その情熱を理解して支えるマネージャーの彼、ふたりの主人公の純粋さのようなものが光るのだと思いました。
「カエアンの聖衣」
服は人なり、という衣装哲学を具現したカエアン製の衣装は、敵対しているザイオード人らをも魅了し、高額で闇取引されていた。衣装を満載したカエアンの宇宙船が難破したという情報をつかんだザイオードの密貿易業者の一団は衣装奪取に向かう。しかし、彼らが回収した衣装には、想像を超える能力を秘めたスーツが含まれていた……
以前に知人から勧められていたものの絶版で入手をあきらめていた「カエアンの聖衣」が新訳版となって再版されたので購入。
初版1976年、すなわち40年前の作品なのに全く古びたところを感じさせず。あっという間に読み切ってしまったのはさすが名高いだけのことはありました。
それこそ神話にまでルーツをたどれそうな「持つ者に力を与え、代わりに破滅へ導く装身具」という普遍的な要素を中心に置き、めまぐるしく奔流のように投入されるSF的ガジェットや舞台設定がそれを彩ります。蝿の惑星、宇宙空間に適応すべく人体改造した新人類、監獄惑星からの脱出…… それ一本で話を作れそうなアイディアやシチュエーションが現れては次に移り、あまりの豊穣さに圧倒されるばかり。
「着るだけで他人を支配する力を得るスーツ」 それだけ聞いたら笑ってしまいそうなアイディアを見事に物語に仕立て上げているのが見事といってほかありませんでした。
籘真千歳イズムここにあり - 【θ/シータ】 11番ホームの妖精: 鏡仕掛けの乙女たち
【θ/シータ】 11番ホームの妖精: 鏡仕掛けの乙女たち (ハヤカワ文庫JA)
東京駅上空2200mに浮かぶホームには、銀の髪と瑠璃色の瞳を持つ少女と白い狼が住んでいる。彼らは忘れ去られた約束を信じて、今日もその場所で待っている。―high Compress Dimension transport(高密度次元圧縮交通)―通称C.D.「鏡色の門」と鋼鉄の線路により、地球の裏側までわずか数時間で結ばれる時代。春の隠やかな午後、東京駅11番ホームに響き渡る突然のエマージェンシーコールが事件の始まりを告げた…。
(Amazon掲載の電撃文庫版あらすじより引用)
電撃文庫から2008年に刊行された「θ(シータ)―11番ホームの妖精」に、加筆・修正を加えて2014年にハヤカワJAより復刊されたのが本作。
同著者の「スワロウテイル」シリーズが好きで追いかけていたので、著者のデビュー作であるこちらにも手を出してみました。
「デビュー作にはその作家の全てが詰まっている」なんて言われることがありますが、本作はまさにそれを体現するかのような作品でした。
上記のあらすじを見る限りでは、近未来SF的な要素を盛り込みつつ”東京駅11番ホーム”を訪れる乗客達と主人公の少女のふれあいを描くような作品だと思うじゃないですか。駅と、住み込みの駅員と、駅を通り過ぎるものたちの間でちょっとした事件のおきる一話完結の短編集のような。
それは全く間違っていないんですが、しかし本作の一面しか表していません。
個人の物語からスタートして、いつの間にかそれが物凄い勢いでスケールが拡大していってスムーズに世界全体の物語に繋がってしまうという構成は後に「スワロウテイル」で結実するそれの萌芽を思わせるものがありました。異能者と社会の関係、ロリババア、血統主義ベースの「天才」、エキセントリックな科学者のキャラクター造形あたりも通じるものがあります。
外連味を発揮するべきところでは全力を出して最高に格好いい絵面を作ってくるあたりも既にデビュー作から確立した作風。作中で設定した未来技術の延長戦としての異能者の異能バトル展開を書くの上手いんですよね。
3編収録のこの1冊で綺麗にまとまっているので、籘真千歳作品入門としてぴったりかと思いました。
「スワロウテイル」とは別にこちら「θ」もシリーズ化しての続刊が予定されているとのことで楽しみでなりませんね。
余談
今回のインド行きの国際線の機内で「【θ/シータ】 11番ホームの妖精: 鏡仕掛けの乙女たち」を読んだのもなかなかの体験だった pic.twitter.com/6pLgtswqvb
— a-park(12/30東L36a) (@a_park) 2015, 10月 14
”東京駅上空2200mに浮かぶ幻の第11番ホーム”を舞台にした話を、国際線の機内から成層圏の雲海を横目に読むのは最高だった>【θ/シータ】 11番ホームの妖精http://t.co/IJ8tVNhaFH
— a-park(12/30東L36a) (@a_park) 2015, 10月 14